2015年10月16日書店発売

ジョナサン・スターン 著
中川克志、金子智太郎、谷口文和 訳

一八七四年に、アレクサンダー・グラハム・ベルとクラレンス・ブレイクはとても奇妙な機械を制作した。これは電話とフォノグラフの直接の祖先で、人体から切りとられた耳がネジで木製の台座に取りつけられていた。……

 

音響再生産は、人間の耳をメカニズムとして模倣することから始まる。それまでの口に耳が取ってかわる。音についての理解と音響再生産の実践に、転換・転倒が起こったのだ。
そして、技術は私たちの聞き方をいかに変えたのか──。
視覚のヘゲモニーに覆いかくされながら、今も続く「耳の黄金期」。『聞こえくる過去』が語る物語は、音、聴覚、聴取が近代的な文化的生活の中心であり、その生活においては、音、聴覚、聴取は、知識、文化、社会組織の近代的な様式の基盤であることが示される。
本書は、オートマタ、聴診器、電話、レコード、ラジオから缶詰製作や死体防腐処理技術等までを含んで、音響再生(音響再生産)の技術・思想・イデオロギーを分析し、ヘッドフォンによるデジタル音源の聴取に代表される現代的聴取の体制の起源と系譜をたどり、音響技術史にとどまらず、メディア論、感性の歴史、近代性の歴史と哲学に新たな視点をもたらしたジョナサン・スターンの代表作である。「音とは、乱雑で政治的な人間の活動圏の所産である」。視覚の特権化を廃し、音の経験に歴史的・社会的・文化的な外的要素を導入することによって、包括的な音の歴史と哲学を描きだした本書は、フーコーの考古学、マクルーハン、キットラー、クレーリーの系譜に新たな地平を拓き、近代の近代性を問いなおす、人文学の記念碑的著作である。図版資料収載。

 

音響再生産技術が私たちの聞き方を変えたのだとすれば、それはどこから来たのだろうか。音響再生産技術にまつわる実践、観念、構図の多くは機械そのものに先行していた。フォノグラフ(と、さらには電話)をつくる基本的な技術は、それらが実際に発明されるよりも少しばかり前に存在していた。それではなぜ、音響再生産技術はまさにそれが登場した時代に登場し、他の時代には登場しなかったのか。音響再生産技術に先行していた何が、音響再生産技術を可能にし、望まれるものにし、現実的で意味あるものにしたのか。音響再生産技術が存在したのはどのような社会環境だったのか。なぜ、どのようにして、音響再生産技術はそれが引きうけたような特定の技術的で文化的な形態と機能を引きうけることになったのか。これらの問いに答えるために、我々はたんなる機械的な可能性を考慮することから、諸技術が登場した社会的で文化的な世界へと移る。
『聞こえくる過去[The Audible Past]』は、音響再生産──電話、フォノグラフ、ラジオ、その他の関連する技術──がもつ可能性の歴史を提供する。本書は、音響再生産を生みだした社会的で文化的な状況を検討し、次に、これらの諸技術がどのようにしてより大きな文化的傾向を結晶化し、結びつけたのかを検討する。音響再生産技術は、音、人間の耳、聴覚能力、聴取実践の根本的な性質が一九世紀を通じて大きく変容した所産である。(本文より)


目次

ハロー!
 音の自然を再考すること─森、倒れた木、現象学について
 音響再生産とは何か 本書の計画

第一章 人の代わりに聞く機械
 委託、共感覚、音の外見
 耳科学、生理学、社会存在論
 ダイアフラム、発声器官、音の機械
 もう一度耳から機械へ:音響再生産の可能性の核心

第二章 聴取の技法
 間接聴診と医学の聴覚文化
 間接聴診─技法の社会的基礎と哲学的基礎
 聴こえるものが知りうるものになる─変わる医学知識の体制
 記号としての音

第三章 聴覚型の技法とメディア
 電信術─「古代と近代」
 広められた聴覚型の技法─もしくはヘッドセット文化小史

第四章 可塑的聴覚性─技術をメディアに
 男性による出産と赤ん坊の機械
 音が産業的問題となる─研究と技術革新の場
 音響再生産の市場形成─実験的メディア・システム
 中産階級の社交における差別化、利便性、様態変化
 可塑性、家庭空間、宣伝活動
 官僚制、介在、国民性
 結論─まずはメディア、その後に技術

第五章 音響忠実性の社会的誕生
 音響再生産のダイアグラムとしてのスタジオとネットワーク
 真正性をもたらすための人工的な工夫
 機能の美学と再生産という事実
 忠実性と純粋聴力の拡張
 電話テストからトーン・テストへ─信頼すべき機械たち
 可変的な真実性
 遂に真なる忠実性へ
 信頼の断絶

第六章 鳴り響く墓
 化学の力で素敵な聴取
 彼のマスタリングされた声
 未来に向けたメッセージ
 「死にゆく文化の声」─音響民族誌と保存の精神
 プロジェクトとしての永続性

結論  聞こえくる未来

訳者解説
参考文献
原註/訳註
人名索引
事項索引

著者
Jonathan Sterne(ジョナサン・スターン)
1970年生まれ。マギル大学美術史・コミュニケーション研究学部教授。専門は音響研究、メディア理論、メディア史など。1999年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校コミュニケーション研究所で博士の学位を得た後、1999年から2004年までピッツバーグ大学で教鞭をとり、その後、カナダのマギル大学に移った。本書 Audible Past: Culutural Origins of Sound Reproductionで音響研究の第一人者としての地位を確立。その後の主な仕事に、MP3: The Meaning of a Format[Durham, NC: Duke University Press, 2012]や、音響研究のリーダー(The Sound Studies Reader [NY: Routledge, 2012])の編集がある。邦訳論文に「デジタル・オーディオの死と生」(“The Death and Life of Digital Audio.”, 2006。中川克志訳、表象文化論学会編『表象09』〈特集:音と聴取のアルケオロジー〉収載)がある。彼はまた、1994年以降ずっと、”Bad Subjects: Political Education for Everyday Life”(1992年にUCバークレーで始まった文化と政治に関するオンライン雑誌。おそらくもっとも古くから続いているオンライン雑誌)の一員である。様々な領域で多くの論文を生産しており、そのほとんどを自分のウェブサイトhttp://sterneworks.orgで公開している。

訳者
中川克志(Nakagawa, Katsushi)
1975年和歌山県生まれ。横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院准教授。京都大学大学院文学研究科美学美術史学科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。専門はサウンド・アート研究と音響文化論。著書に、『音響メディア史』(谷口文和・福田裕大との共著、ナカニシヤ出版、2015年)、論文に「大正期日本における蓄音機の教育的利用の事例──雑誌『音樂と蓄音機』と日本教育蓄音機協會の場合」(山野英嗣編著『東西文化の磁場──日本近代の建築・デザイン・工芸における境界的作用史の研究』収載、国書刊行会、2013年)、 「松本秋則作品分類試論」『常盤台人間文化論叢』1号、2015年など 。

金子智太郎(Kaneko, Tomotaro)
1976年埼玉県生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科助教。東京藝術大学美術研究科芸術学専攻博士後期課程修了。博士(美術)。専門は美学、聴覚文化論。論文に、「八木良太の作品を通してみる物質文化」(八木良太展「サイエンス/フィクション」カタログ、2015年)、「磁気テープから演劇へ──ジョン・ケージ《ウィリアムズ・ミックス》」(『Art Trace Press』第3号、2015年)、「サウンド・パターンを聴く──トニー・シュヴァルツのドキュメンタリー録音」(『美学』第246号、2015年)など。

谷口文和(Taniguchi, Fumikazu)
1977年大阪府生まれ。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部音楽コース講師。東京藝術大学大学院音楽研究科博士後期課程単位取得退学。音楽学の立場から、主に音楽における技術の受容について研究を行う。著書に、『音楽未来形──デジタル時代の音楽文化の行方』(増田聡との共著、洋泉社、2005年)、『音響メディア史』(中川克志・福田裕大との共著、ナカニシヤ出版、2015年)など。