聞こえくる過去─音響再生産の文化的起源

ジョナサン・スターン 著
中川克志、金子智太郎、谷口文和 訳

定価:本体5,800円+税
2015年10月16日書店発売

A5判上製かがり綴じカバー装 590頁
ISBN978-4-900997-58-5
装幀:間村俊一

一八七四年に、アレクサンダー・グラハム・ベルとクラレンス・ブレイクはとても奇妙な機械を制作した。これは電話とフォノグラフの直接の祖先で、人体から切りとられた耳がネジで木製の台座に取りつけられていた。……

音響再生産は、人間の耳をメカニズムとして模倣することから始まる。それまでの口に耳が取ってかわる。音についての理解と音響再生産の実践に、転換・転倒が起こったのだ。
そして、技術は私たちの聞き方をいかに変えたのか──。
視覚のヘゲモニーに覆いかくされながら、今も続く「耳の黄金期」。『聞こえくる過去』が語る物語は、音、聴覚、聴取が近代的な文化的生活の中心であり、その生活においては、音、聴覚、聴取は、知識、文化、社会組織の近代的な様式の基盤であることが示される。
本書は、オートマタ、聴診器、電話、レコード、ラジオから缶詰製作や死体防腐処理技術等までを含んで、音響再生(音響再生産)の技術・思想・イデオロギーを分析し、ヘッドフォンによるデジタル音源の聴取に代表される現代的聴取の体制の起源と系譜をたどり、音響技術史にとどまらず、メディア論、感性の歴史、近代性の歴史と哲学に新たな視点をもたらしたジョナサン・スターンの代表作である。「音とは、乱雑で政治的な人間の活動圏の所産である」。視覚の特権化を廃し、音の経験に歴史的・社会的・文化的な外的要素を導入することによって、包括的な音の歴史と哲学を描きだした本書は、フーコーの考古学、マクルーハン、キットラー、クレーリーの系譜に新たな地平を拓き、近代の近代性を問いなおす、人文学の記念碑的著作である。図版資料収載。

音響再生産技術が私たちの聞き方を変えたのだとすれば、それはどこから来たのだろうか。音響再生産技術にまつわる実践、観念、構図の多くは機械そのものに先行していた。フォノグラフ(と、さらには電話)をつくる基本的な技術は、それらが実際に発明されるよりも少しばかり前に存在していた。それではなぜ、音響再生産技術はまさにそれが登場した時代に登場し、他の時代には登場しなかったのか。音響再生産技術に先行していた何が、音響再生産技術を可能にし、望まれるものにし、現実的で意味あるものにしたのか。音響再生産技術が存在したのはどのような社会環境だったのか。なぜ、どのようにして、音響再生産技術はそれが引きうけたような特定の技術的で文化的な形態と機能を引きうけることになったのか。これらの問いに答えるために、我々はたんなる機械的な可能性を考慮することから、諸技術が登場した社会的で文化的な世界へと移る。
『聞こえくる過去[The Audible Past]』は、音響再生産──電話、フォノグラフ、ラジオ、その他の関連する技術──がもつ可能性の歴史を提供する。本書は、音響再生産を生みだした社会的で文化的な状況を検討し、次に、これらの諸技術がどのようにしてより大きな文化的傾向を結晶化し、結びつけたのかを検討する。音響再生産技術は、音、人間の耳、聴覚能力、聴取実践の根本的な性質が一九世紀を通じて大きく変容した所産である。(本文より)