エドゥアール・グリッサン 著
管啓次郎 訳

マルティニク。地球を流浪する魂たちの場。セゼール、ファノンから、コンフィアン、シャモワゾーまで。その中にあって誰よりも壮麗な響きを奏で続けるクレオールの星座の結節点、それがエドゥアール・グリッサンだ。もっとも小さな情景や叫びに〈世界の響き〉を聴きとり、閃光とともに炸裂するカオスの中に〈関係〉の網状組織を見抜きつつ、あらゆる支配と根づきの暴力を否定する確信と持続。グリッサンの思考がもっとも精緻に展開された、圧倒的な批評の軌跡。ロジェ・カイヨワ賞受賞作。

 

カリブ海で起こってきたこと、「クレオール化」という単語で要約できるそれが、われわれに〈関係〉とはどういうことなのかを、もっともよく教えてくれる。それは一つの出会い、衝撃(セガレンの使った意味で)、混血であるだけではなく、いまだかつてなかった一つの次元でもある。それは一人一人の人間に対して、ここにいると同時によそにいること、根づいていると同時に開かれていること、山中に迷っていると同時に海面下で自由でいること、調和し同時に流浪していることを許す次元なのだ。(本文より)

クレオール化
クレオール化とはもつれあいの一つの様式であり─ただ単に言語的結果なのではない─それにはそれ自体の過程以外に模範はなく、ましてやその作動の出発点となるような「内容」は存在しない。このことが、われわれに「クレオール性」という概念に別れを告げさせる。この概念はたしかにクレオール化を動機づけるものを包含しているのだが、それはさらに二つの拡張を提案する。第一に、それはカリブ海からインド洋におよぶ広範な民族文化的領域を開く。けれどもこうした変異は決定的なものとは思われない。〈関係〉の中での各地の変異型の変化の速度が、非常に大きいから。第二のものは、存在にむけられている。しかしそこには、クレオール化が果たしうることに関して、退却が見られる。われわれは人類の存在も、そのいかなるモデルも、提唱しない。われわれを促すのは、われわれのアイデンティティの定義だけではなく、アイデンティティがすべての可能なものとのあいだにもつ関係でもある。この関係の作用が生む、相互的な変容だ。さまざまなクレオール化は人々を〈関係〉にみちびき入れるが、それは普遍化のためではない。これに対して「クレオール性」は、その原理においては、ネグリチュード〔黒人であること〕や、フランス性や、ラテン性や、あらゆる一般化へと退行してゆくのだ─程度の差こそあれ無邪気に。(本文より)


目次
想像域

I 接近 一つの接岸、千の渡り
開かれた船
流浪、亡命
詩学
根づいた流浪

II 基本要素、地水火風 基本的なものは絶対的にみずからを再構成する。
反復
拡がりと血統
閉ざされた場所、開かれた言葉
世界化されたバロックについて
詩の情報について
III さまざまな道程 声に出して、隔たりを記すために
クレオール化
口述する、命じる
塔を建てる
透明性と不透明性
黒い砂浜

IV 理論 理論とは不在、曖昧、そして吉兆
関係
関係とカオス
決定的な隔たり
そのそれ
結ばれ(中継され)、語られ

V 詩学 ありつつあるもの、その実質において無限の多様
一般化
なくありつつあるもの
不透明性のために
開かれた円環、生きられた〈関係〉
燃える砂浜

訳者あとがき
共有場での注
初出について