マリー・ンディアイ 著
笠間直穂子 訳

現代フランス文学を代表するひとり、マリー・ンディアイの本邦初訳。フランス郊外を舞台に、鍛えぬいた技巧と圧倒的な完成度で、リアルでサスペンスフルな眩暈の世界に中流階級、貧困層の生活風景を浮かび上がらせる。パリを舞台にする従来の仏文学のイメージを覆し、階級社会の現実と生活意識、そこに生きる家族の風景を描いて心を揺さぶる短篇集。書き下ろし作家解説55枚収録。

 

花のパリでもなければ、懐かしい田舎でもない、あまりにリアルなフランスの景色。だが、私たちはンディアイの描くこれらの景色に、なにやら見覚えがあるのではないだろうか。「昔ながらの」家々と自然に隣り合う、真新しい風景自治体予算を注ぎ込んだ大型施設、国際企業のチェーン店舗、同型の家が建ち並ぶ集合住宅。フランスの、というより、これはグローバルな現代世界の光景でもある。ンディアイはその無秩序を隠すでもなく、とりたてて強調するでもなく、ただ人々にとってすでにそこにある土地として差し出すのだ。
たとえばその土地に住む子どもが着るのは、兄姉の服の丹念な仕立て直しではなく、『魔女』のスティーヴのように、流行の型の、しかしどこかぺらぺらしたスポーツウェアで、よく見ると、上着にもズボンにも脈絡のない英語がちりばめられている。曰く「LITTLE BEAR – BEST TEAM – HEADING FOR NY」……。世界の至るところに、この子どもは現れうる。
もちろん、そうしたグローバルな傾向の、とくにフランス的な現れ方というものもある。フランスの都市郊外に広がる乾いた風景を、暗い幻のように読み手の目の前に浮かび上がらせることにかけて、ンディアイは他の現代作家の追随を許さない。なかでも繰り返し現れるのが、一九七○年前後に各主要都市の郊外に建設され、主として低所得層に提供された公営団地、いわゆるシテである。二○○五年にフランス各地で起きた「暴動」については日本のメディアでも大きく取り上げられたが、その現場は主として、多くの移民系住人を抱え、高い失業率に悩むシテだった。空っぽで、同時になにか息づまるようなシテの空間は、『魔女』、また後述する『ヒルダ』『パパも食べなきゃ』といった戯曲、そしてなにより本書所収の「クロード・フランソワの死」に詳細に描き出されている。この風景を、郊外という場に顕在化するフランス社会の現況と重ね合わせて読むこともできる(シテの沿革に興味をもつ読者には、○六年初頭に刊行された『現代思想』臨時増刊「フランス暴動」、とくにコリン・コバヤシ氏の論考が優れた案内役となるだろう)。
ユーモラスで、同時に酷薄なンディアイのまなざしは、こうして現代の日常の、具体的な手触りのなかに、神話的な位相を滑らかに溶き合わせることを通じて、説明のつかないものとしてただそこにある世界、主体的な選択を超えて、気がつけば関わり合っている隣人や家族や社会のありかを指し示すのだ。(訳者解説「マリー・ンディアイの世界」より)

著者
マリー・ンディアイ(Marie NDiaye)
1967年生まれ、ル・クレジオ、ロブ=グリエ、エシュノーズが絶賛する、セネガルとフランスの混血作家。現代フランス文学で、才能と技巧の両面から、もっとも期待れる作家のひとり。ミニュイを拠点にすでに十作を越える長篇、戯曲などを刊行し、2001年には『ロージー・カルプ』でフェミナ賞を受賞。

訳者
笠間直穂子(かさま・なおこ)
上智大学卒、東京大学大学院博士課程単位取得退学。現在、上智大学等非常勤講師。専門はフランス文学、地域文化研究。訳書は他に、マリー・ンディアイ『心ふさがれて』(インスクリプト)。ミハイル・セバスティアンの小説『事故』(インスクリプト)など近刊予定。