2015年8月5日書店発売

ローラン・ジョフラン著
コリン・コバヤシ訳

学生叛乱からゼネストへ、
未発の革命の全体像!

五月革命─1968年5月のパリで勃発し、日本をはじめ先進国全体に波及して、20世紀後半の歴史を画することになったこの事件については、これまで具体的な詳細が日本で紹介されることはありませんでした。本書は、学生運動のリーダー、労働組合幹部、大統領ドゴール・時の首相ポンピドゥーをはじめとする閣僚達、治安警察の責任者など、主要なアクターの動きを軸に、5月1日から5月31日までを、日付を追って再現した唯一のノンフィクションであり、この運動をリアルタイムで経験し、のちに『リベラシオン』発行人、『ヌーヴェル・オプセルバトゥール』編集長などを務めたローラン・ジョフランによる、臨場感溢れるドキュメントです。危機はなぜ起こり、どのような経過を辿り、運動はどこへ向かったのか。歴史的社会的背景を踏まえて描かれた、68年5月に関する基本図書です。年表、資料写真、バリケード地図、多数訳注付。

 

本書は、〈六八年五月〉の出来事をクロニクルの体裁で記述したものであり、日を追って展開する事態の推移を理解しやすく、「五月革命」と言われたこの出来事の全体像に迫るためには格好の入門書となっている。本書が〈六八年五月〉のすべての側面を網羅しているわけではないが、幅広い読者を対象に、出来事の推移を日ごとに追いながら、事象の全体を浮かび上がらせている。
[…]
本書によって、この歴史的出来事の全体像やその社会的、文化的背景、端的に言ってあの時代の空気は浮かび上がってくる。[…]
〈六八年五月〉の事象が「とらえがたい」側面を多く含んでいたとするなら、その一つは、戦後のベビーブーム世代が社会の中でとったあらゆる行動が大胆不敵で、既成の政治運動を大きく凌駕する現象だったからだ。この現象は、言うまでもなく第二次世界大戦後の最も大きな社会変化であり、この世代は、政治的潮流を変えようとしたばかりではなく、文化的様相も大きく変化させたのだ。また当時の政治家たちの挙動の一つ一つに、当時のフランス政治の内幕が伺えて興味深いし、ドゴールの「バーデン・バーデン逃避行」は、いまだに真実のすべてが解明されていない故に、事件の中の事件といってよい、本書のもう一つの山場となっている。
[…]
世界で同時多発的に見られたこの時代の若者たちの反抗には、たしかに共通項も多いが、日仏の運動を比較する場合、歴史的文脈や政治的背景は大きく異なっているのだから、単純な比較は意味をなさない。日本では、産学協同が批判され、大学解体が叫ばれ、戦後民主主義への批判があったのに対し、フランスでは、従来の因習的な社会的枠組み全体の撤廃を目指すものであったし、政治的には植民地主義/帝国主義批判からはじまり、成長主義/生産第一主義への批判が自然への回帰に呼応していた。この運動を分析するには、フランスの社会、政治状況とその歴史的過程の特異な諸相を見極める必要があるだろう。(「訳者あとがき」より)


目次

二〇〇八年版の序文

第一部 五月一日─一三日 [学生の危機]

1 五月三日 ソルボンヌの火花
聖地に踏み込んだ警察
最初の暴動
躊躇する政府

2 学生の反抗、その二重の起源
「ベビーブーマー」たちの伝説
反抗は歌から始まる
ベトナムとポップ・ミュージック
フランスの場合
大学の危機
女子寮を訪れる男子学生
選抜の至上命令
ペイルフィットの計画
三月二二日
学生政治の衰退
左翼小集団党派
活動家たちの世界

3 一九六八年一月─五月 事件に火をつけたのはナンテールだ!
ダニーとプール
労働者たちの警告
占拠されたソルボンヌ
やつらがルディを殺した!
ジュカン=ユダ
「オクシダン」
異状なし
導火線に火がついた

4 五月四─五日 判事たちの週末
学生の司令部
寝ること……
罰せられた者たち

5 五月六日 暴動
出頭
サン・ジェルマン・デ・プレの闘い
世論は学生たちを支持する

6 五月七日 長征
プラグマティズム
エトワール広場へ

7 五月八日 後退
交渉
迷い込んだ運動
ジェスマールの苦悩

8 五月九日 試練の前夜
人気
アラゴン
共済組合会館での感動

9 五月一〇日 バリケードの夜
失敗に終った交渉
カルチエ・ラタンの占拠
バリケード
ソルボンヌのギャグ
突撃

10 五月一一─一二日 労働組合の登場
警察の暴力
仲介
ポンピドゥーの帰還
譲歩せねばならなかったのか?

11 五月一三日 一〇年、もうたくさん!
反ドゴール主義の大河
解放されたソルボンヌ

第二部 五月一四日─二四日 [社会危機]

12 一九六八年のフランス社会
人口の飛躍的増大
産業
商業
農業
「安定化プラン」
指導層
「中流階級」
労働者階級
他の給与生活者たち

13 五月一四日 権力を掌握するポンピドゥー
ブーグネ、クレオン─ 前衛
国民議会での事件

14 五月一五日 学生コミューン
言葉の革命
ルノーで始まったスト

15 五月一五─一六日 機能停止するフランス
動き始めたCGT
テレビに出たコーン=ベンディット
激動の二四時間
たじろぐ国営放送局ORTF
どこまでいくと、やり過ぎるのか
ドゴール将軍の怒り
ドゴール派の離脱
議会の論戦

16 五月一七─二〇日 スト中のフランス
人生は我々のものだ
地方の五月
高校生たちの革命
ル・ロワール=エ=シェール県の赤旗
グリモーの不安
ソルボンヌのサルトル 明晰なコーン=ベンディット
滞在不許可

17 五月二一─二三日 戦略家たちの厄介な問題
シラク
国民投票
滞在禁止
市役所の占領
グルネル会議に向かって
危機を分析する政府

18 五月二四日 最もつらい夜
できの良い破滅的演説
衝突
証券取引所炎上
潮時

第三部 五月二五日─三〇日 [政治危機]

19 五月二五─二六日 グルネル会議
失敗したドゴール
グルネルの当事者たち
SMIG─「こりゃ無謀だ!」
ポンピドゥーとモスクワ
力づくで
妥協

20 五月二七日
ビヤンクールからシャルレッティ競技場へ
誤った操作
目眩
フランス共産党の懸念
トラック上のマンデス
すべてが可能だ!

21 五月二八日 ゲームを射止めたミッテラン
「私は立候補する」
軍隊に頼むか?
ドゴール派のデモ計画
パニックと分裂

22 五月二九日 ドゴール失踪!
「あなたを抱擁する」
継承は?
権力の座のマンデス
失踪
バーデン
マシュの長説教
決定
将軍の、二つの五月二九日
欺瞞の分厚いヴェール
策動

23 五月三〇日 蘇生
崩壊
「私は、退陣しない」
ドゴール派の大河のような大行進

24 六月 反撃
押し戻された学生運動
三人の死
再開
津波。勝利者ポンピドゥー

エピローグ
陰謀
保守的な解釈
マルクス主義的な解釈
モラン、ルフォール、カストリアディスとトゥレーヌ
民主的仮説

原註、訳註
参考資料
クロノロジー
略称一覧
訳者あとがき

著者
Laurent Joffrin(ローラン・ジョフラン)
1952年ヴァンセンヌに,フランソワ・ボーヴァル出版社の社主ジャン・ムシャールの息子として生まれる.父は極右政党『国民戦線』の献金集めに十数年奔走し,ジャン=マリ・ルペンと親しい極右思想の持ち主だった.政治高等学院で経済を学んだ後,パリ・ジャーナリスト養成センターを卒業.1977年,フランス・プレス通信社(AFP)を皮切りにジャーナリズムに専念.運動から距離をとる.80年代,『リベラシオン』編集長だったセルジュ・ジュリーは1980年にジョフランをリベラル路線に導くために採用し,経済部を設置.その後社会部配属となり,編集委員となって,セルジュ・ダネイ,アレクサンドル・アドレールなどと論評欄を担当した後,『リベラシオン』紙と『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』誌の編集長として二つのプレスの間を往還する.2014年3月,『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』誌編集長を辞職.2014年から現在まで,『リベラシオン』紙編集長をジョアン・ユフナジェルと二人三脚で担当.運動経験としては,68年当時,高校の行動委員会委員.71年,仏社会党に入党,社会主義青年運動の事務局長として牽引.多数の著書がある.

訳者
コリン・コバヤシ
1949年東京生まれ.美術家,ライター,フリージャーナリスト.1969年,武蔵野美術大学のバリケード・ストを経験.翌年渡仏.以降,現在までパリ首都圏定住.1970─74年,パリ国立美術学校で学ぶ.86年以後,制作活動と平行して,美術・社会批評をはじめとする著述・ジャーナリズム活動を開始.さらにマイノリティ,移民,下層労働者,エコロジー,食,農業問題などをテーマに取材を行う.運動関係では,70年代後半からの反核・反原発運動から出発し,グローバリゼーションを横断的な視点から見ることを通し,様々な社会・政治問題に関わる.
著書に『ゲランドの塩物語』(岩波新書,2001年),『国際原子力ロビーの犯罪』(以文社,2013年),編著に『市民のアソシエーション─フランスNPO法100年』(太田出版,2003年),主要訳書にP・ブルデュー+H・ハーケ『自由交換』(藤原書店,1995年),『パレスチナ市民派遣団議長府防衛戦日記』(太田出版,2002年)がある.