松葉祥一(哲学)

「お金持ちも貧乏な人も平等に苦しむなんて、こんな出まかせを否定しなくてはなりません。いま、この闘いの最前線にいる人たちは、バスの運転手、看護師、介護施設スタッフ、病院スタッフ、小売店員など、この国の労働人口のなかで不釣り合いに低い賃金の人たちです。ウイルスに接触する機会が多いこの人たちは、その分感染リスクが高く、(……)肉体労働の人たちは、自宅勤務ができません」。4月9日、BBCの番組「ニュースナイト」の司会者E・メイトリスは、「コロナウイルスの危険は誰でも平等だ」と述べた政府関係者を、こう批判した *1。

E・バリバールも「感染症のリスクに対しても、その回避策に対しても、私たちは平等ではない」と断言する*2。「私たちの社会は異なる度合いで感染症に苦しんでいて、私たちは平等ではない。不平等が劇的なまでに加速していて、人と人のあいだに違いを生み出し、人類を分断している」。実際、ニューヨークでは、ヒスパニック系と黒人が、白人の約2倍の高率で死亡しているという*3。この死亡率の高さは、彼らの職業が原因の一つである。「ニューヨーク・タイムズ」紙は、食料品店やバス・地下鉄の運転士、管理人、保育士などの75%が、こうしたマイノリティの人々だとして、死亡率と職種を関連づけている。

「MITテクノロジーレビュー」の編集長G・リッチフィールドも、新型コロナ感染症の諸統計を検討した上で、代償は最貧困層と最弱者が負担することになるだろうと結論づけている*4。その上で、政府や企業は不平等を隠蔽するために、統計や評価方法を操作するだろうと予測している。「疾病リスクの評価方法について厳格なルールがない限り、政府や企業は評価基準を自由に選択できる。(……)偏向したアルゴリズムと隠れた差別の余地が生まれる」。

この予想はすでに的中している。検査をしない日本の感染率や死亡率があてにならないことは世界中に知れ渡った。この状況には、強い既視感がつきまとう。戦争や災害、公害や薬害があるたびごとに検査や調査を拒み、情報を隠してきた日本政府は、いまや公的な文書や統計を隠蔽、改竄、廃棄しても権力を維持できるようになった。議論の土台となる情報の共有がないのだから、この国に民主主義はないと言わざるをえない。

やみくもに検査数を増やすべきだと主張しているわけではない。経済効率を名目にした積年の保健・医療政策と「なめくじ」*5 コロナ対策のつけだとしても、現在日本に十分な検査と医療の態勢が整っていないことは事実である。医療資源の選択的分配を行わなければならないことは、20年間看護大学で医療倫理を講じた経験から、理解しているつもりだ──ただ、自分の身体がどのような状態にあるのかを知りたいという欲求は人間の基本的欲求であり、基本的権利であって、政府はそれに応える義務があるにもかかわらずそれを果たせていないということを銘記し、今後の政策に反映すべきだ。ここで主張しているのは、少なくとも医師が必要だと認めた場合、検査や治療の最前線に立つ医療労働者の検査は、感染拡大を防ぐためにも、医療崩壊を防ぐためにも、最優先すべきだということである。日本看護協会の福井トシ子会長は4月22日の記者会見で、看護師への公費によるPCR検査の実施を強く国に訴えた。

「防護服を着るとき、つらくて涙が出る」

看護大学の卒業生たちから少しずつ声が届く。神戸の震災で家族を失って集中治療室勤務を志望した元学部生、訪問看護ステーションの所長として地域在宅医療のネットワークを作りあげた元大学院生。みな使命感はきわめて強い。そうでなければ続かないからだ。しかし、今回のコロナウイルス感染症の拡大を前にして、それも途切れそうになるという。次のような福井県の感染症指定医療機関の看護師の言葉が印象的だ*6。「防護服を着るとき、つらくて涙が出る。精神が壊れているかもしれない」。以下その証言から。

防護服は暑くて苦しい。脱ぐときに感染しやすく、ウイルスが付着している外側を触らずに脱がなければならない。服に覆われていない首筋は絶対に触ってはいけない。感染リスクを下げるには、なるべく脱がない方がいい。5時間着続けることもある。トイレの回数を減らすために、水分をなるべく取らないようにしている。また、ウイルスを通しにくいN95マスクは息がしづらく、1時間ほどすると頭が痛くなる。「つらい」。痛み止めを飲んでいる人もいるという。

集中治療室(ICU)はとにかく人手がいる。新型コロナの入院平均日数は15.7日。患者さんの床ずれ防止のために、体の向きを変えるだけでも複数の人間が必要になる。人工呼吸器の挿管や抜管は咳が出やすいし、口腔ケアも含めつねに感染の恐怖と闘っている。感染の恐怖から一睡もできないままに夜勤に臨むこともあるという。

眠れない夜が多い。寝不足の状態で仕事に行くこともある。普段は自宅に帰る人が、感染を恐れて病院に泊まるようになった。家族から帰って来ないでと言われている看護師もいる。看護師自身も「自分は無症状感染者」という意識で暮らしているという。防護服に着替えるときは本当に落ち込む。更衣室で同僚は「もういやだ」と言った。一緒に泣いた。「一般病棟の同期から心配のメールが来ると、心が折れそうになる。精神が壊れるってこういうことかと思う」。肉体も精神もぎりぎりのなかで、万全の感染防止対策が求められる。看護師の感染者が出たが、「やっぱり」という感じで驚かなかった。

しかし、ナースたちは口を揃えて患者さんがいる限り病院に行くと言う。「患者さんは何も悪くない、悪いのはウイルスだと思って、仕事に当たっています」。コロナ対策にあたっている卒業生は、「エンディング・ノートを書きました」と言ってZoomの画面で笑う。

「なぜ看護師が外を歩いている」

もう一つの最前線が在宅看護だ。介護施設が休業したり事業を縮小したりするなかで役割が高まっている。訪問看護の仕事は、医療上の各種ケアだけでなく、日常生活の支援、心理的支援、患者家族からの相談など多岐にわたる。緊急の連絡があれば昼夜問わず駆けつける。

しかし最近、感謝の言葉を受けるどころか、罵声を浴びることがあるという*7。ある看護師が訪問看護を終えて車に戻ろうとすると、車に書かれた社名を見ている男性がいた。訪問看護と書いてあることから「お前は看護師か」と聞かれた。「はい」と頷くと、男性の表情が強張った。「なぜ看護師が外を歩いている」「お前のせいで感染が拡がるだろう」。女性は自身の仕事について説明。だが「そんな事は知らない。看護師が外を歩くなんて言語道断だ」と理解されない。男性は捨て台詞とともに去って行った。「とにかく迷惑だから外を歩くな」。

先の記者会見で看護協会の会長は、看護師とその家族に対する差別や偏見が広がっている現状を訴えた 。たとえば、「感染者を受け入れる病棟が限られる中で、対応する看護師も単身者等の条件で選抜され、自らの感染・家族への感染が不安で精神的につらい」「妊娠を継続しながら医療機関で勤務しており、家族からは『出勤するな』と言われ、とはいえ看護職としての使命感と一緒に働いてきた仲間をないがしろにできず、苦しい」などの声があったという。また、「保育園の登園の自粛を求められた」「帰宅時、タクシーの乗車を拒否された」「なじみの定食屋から看護師は来ないでほしいと言われた」「夫が勤務先から休むよう言われた」「母親が看護師だという理由で子どもがいじめにあった」など、家族に対する偏見や差別もある。

医療労働者に対する差別的な言動をめぐっては、政府の対策本部が3月28日に決定した「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」のなかでも、「誤解や偏見に基づく差別を行わないことの呼びかけ」を行い、「冷静な対応をお願いする」と示されている。しかし、その原因の一つを作っているのは政府ではないか。なぜ最も感染リスクの高い医師、看護師、介護士、技師、ヘルパー、事務職らの優先的検査を実施しないのか。

「個々の努力ではもう限界。とにかく現場に物品を!」

また会長は防護服の確保の見通しを示すことも訴えた。

4月10-21日に、神戸市内の訪問看護ステーション204件に対して行われた緊急実態調査(N=119)でも、訪問看護師が「困っていること」(複数回答)として一番多かったのが、「感染予防のための物品等が入手できず困っている」(107件)だった。具体的には、サージカルマスク(63)、アルコール(57)、サージカルガウン(52)、ゴーグル(48)。以下「今後の不安や緊張感が強く、精神的に安定しない」(53)、「コロナ感染が否定できない発熱や症状のある方への訪問時の感染予防の対応がわからない」(43)「家族がコロナ感染、濃厚接触者であることが判明した方への訪問時の感染予防の対応がわからない」(41)と続く*8。

訪問看護師の宮子あずささんも、東京新聞「本音のコラム」で、PPE(個人防護具)の圧倒的不足について取り上げている*9。「本来使い捨てのものを繰り返し使う恐怖」を思うと心が痛むという。「個々の努力ではもう限界。とにかく現場に物品を!」という訴えは切実だ。

制度のケアのために

こうしたナースたちの訴えに応えるためには、できる限り早く医療労働者の検査を行い、差別・偏見を防ぎ、資材を調達し、危険手当を支給しなければならない。しかし、この事態が長期的になることが明らかになりつつある現在、今後を見据えた長期的戦略を立てる必要があるだろう。

その際、最も優先的に取り組むべき課題が、不平等の是正である。近代国家の最も重要な役割として広く認められているのが、安全保障と並んで不平等の是正である。国家は、戦争や私的暴力と同様に、疫病を含む災害や事故からの安全を保障することを市民から委託されている。もう一つの重要な役割が、税を徴収して社会資本を再分配し、不平等を是正することである。どれほど自由主義的な国家であっても、セイフティーネットの必要性を否定する国はない。しかし、安全が脅かされたときには弱者が犠牲になり、潜在していた差別や偏見が表面化する。それゆえ、国家は、脅威が迫ったときには何よりも「多数の国民を極めて脆弱な状態に陥れている大きな社会的不平等の修正」(バリバール)に向かわなければならない。W・シャイデルは『暴力と不平等の人類史──戦争・革命・崩壊・疫病』*10 において、これまで疫病が結果として社会的格差の縮小をもたらしてきた可能性を明らかにしている。14世紀、ペストによってヨーロッパ全体で2000万人以上が亡くなり、労働力不足を補うために実質賃金を2倍以上にあげなければならなくなった。また、スペイン風邪によっても社会的格差が縮まったという。今回、不平等を是正できるかどうかは、われわれの選択次第である。

これは国内だけの問題ではない。バリバールは、グローバリゼーションによって先進諸国が戦争、内戦、民族-宗教対立、貧困、飢饉といった「極端な暴力」を生み出し続けているばかりでなく、それらに意図的に介入しないことによって悪化させていると批判している*11。コロナウイルス感染症の場合も、現在インド亜大陸やサハラ以南のアフリカでの爆発的蔓延が危惧されており、パレスチナや難民キャンプの危機的状況も報告されている。WHOの呼びかけに応じた先進国の「介入」が求められている。

また長期的戦略を立てる際にもう一つ重要なことは、独裁的で強権的な手段ではなく民主的な手段でなければならないということである。J・デリダは、9・11テロによって民主主義社会が「テロとの戦争」に向かって自己破壊していくありさまを、「自己免疫」という語を使って批判した*12。バリバールは、それを取りあげて、次のように注意を促している。「民主主義の特徴の一つは、集団を保護するいかなる戦略も無害ではありえないという意識にある。たとえば、国境線の封鎖、隔離政策、感染した人々の追跡調査といった戦略だ。社会が「戦争状態」──ウイルスとの戦争も含めて──を望む方法によって、民主主義が試される」。F・フクヤマは、このコロナ禍の後、人々はより強力な政府を求めるようになり、グローバリゼーションからナショナリズムへと向かうだろうと予測している*13 。実際、自民党は、「緊急事態宣言」では効果がないので、改憲して緊急事態条項が必要だという方向に世論を誘導しようとしている。民主的政治と強権政治、われわれはいずれを望むのか。

医療倫理の授業では、看護師の倫理的役割には「制度のケア」が含まれると教えてきた。患者の権利擁護(アドヴォカシー)という看護者の倫理的役割には、患者をとりまく社会制度の不備に気づき、是正していく役割が含まれる。そこには、医療倫理の4原則の一つである「正義(平等)原則」や、そこに含まれる「公正機会の規則」に反する制度の是正も含まれる。すなわち「偶然によって導入された差異(性別・人種・宗教・知能・出身国・社会的地位など)にもとづく分配は、正義原理に反する」という規則である。ナースたちの訴えの基盤にこの「制度のケア」の視点があると考えれば、それに応えようとするときにわれわれがとるべき方向性は明らかであろう。

(2020/05/03)


1 「新型ウイルス被害は「平等ではない」とBBCキャスター、低所得者ほど感染と」、『BBC Japan』、2020年4月12日。https://www.bbc.com/japanese/video-52253007

2 Etienne Balibar : « Nous ne sommes égaux ni devant le risque ni devant les mesures prises pour le conjurer », Le monde, le 22 avril 2020.

3 Jeffery C. Mays and Andy Newman, “Virus Is Twice as Deadly for Black and Latino People Than Whites in N.Y.C.”, New York Times, April 8, 2020.

4 ギデオン・リッチフィールド:「新型コロナ後」の世界はどう変化するか?、「MITテクノロジーレビュー」、2020年3月24日。https://www.technologyreview.jp/s/193333/were-not-going-back-to-normal/

5 “Wife of Japan’s Abe criticised for group shrine visit, adding to his coronavirus woes”, Reuters, April 16, 2020.

6 「コロナ担当看護師、心身ともぎりぎり:職場で涙、原動力は「患者さんの回復」」、『福井新聞オンライン』、2020年4月21日。

7 青木正典「お前のせいで感染が拡がる―「コロナ差別」に遭った訪問看護師が、あえて体験をツイートした理由」、「J-CASTニュース」、2020年4月3日。

8 藤田愛「神戸市内訪問看護ステーション緊急実態調査」

9 宮子あずさ「ガウンテクニック」、『東京新聞』、2020年4月20日

10 ウォルター シャイデル『暴力と不平等の人類史──戦争・革命・崩壊・疫病』鬼澤忍・塩原通訳、東洋経済新報社、2019年

11 エティエンヌ・バリバール「暴力とグローバリゼーション」松葉祥一・亀井大輔訳、三浦信孝編『来るべき<民主主義>』所収、藤原書店、2003年。

12 ジャック・デリダ『ならず者たち』鵜飼哲・高橋哲哉訳、みすず書房、2009年

13 Francis Fukuyama : « Cette pandémie révèle le besoin d’un État fort », Le point, le 16 avril 2020. https://www.lepoint.fr/editos-du-point/sebastien-le-fol/francis-fukuyama-nous-allons-revenir-a-un-liberalisme-des-annees-1950-1960–09-04-2020-2370809_1913.php


松葉祥一(Shoichi Matsuba)

哲学、倫理学。元神戸市看護大学教員。
著書に、『哲学的なものと政治的なもの』(青土社)、『看護倫理』(医学書院)他。
訳書に、ランシエール『不和あるいは了解なき了解』(共訳)、『民主主義への憎悪』(以上、インスクリプト)、メルロ=ポンティ 『自然―コレージュ・ド・フランス講義ノート』(共訳、みすず書房)、ロゴザンスキー 『我と肉』(共訳、月曜社)、バリバール『ヨーロッパ市民とは誰か』(共訳、平凡社)、ベン・ジェルーン『娘に語る人種差別』(青土社)他多数。