揺れ動く音楽地図 フランスから 昼間賢
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第2回

パリ郊外にブルースが聞こえる−−リリ・ボニッシュ


 「このバスは今夜のコンサートに行きますか?」「そうだよ」「あなたの後に他のバスは来ますか?」「いや、来ない」「何台か来るって聞きましたけど」「いやいや」「じゃあこれに乗るしかないのですね?」「行きたけりゃね」。

 やれやれ。近くのカフェで一杯引っかけたいところだが仕方ない。とにかくこのバスに乗らなければ……めまぐるしい数時間だった。バルセロナから二日遅れでパリに来る友人を、地下鉄のストでごった返す北駅に迎え、総重量5 0キロ近くの荷物を分担して駅の中を駆けずり回った。その足で町外れに移動。一年半ぶりの喜びを強調する友人をよそに、思わず日本語でつぶやく。こんなはずじゃなかった。君なんかどうでもいいんだ。せっかくのコンサートが台無しになるかもしれないじゃないか。それに、今夜は“郊外へ”行くんだ。パリがパリでなくなるあの一瞬の情感も、君のおしゃべりで吹き飛んでしまう……。

 コンサートの主、リリ・ボニッシュの名前を初めて耳にしたのは数か月前のこと。アルバム『アルジェ・アルジェ』をほどなくして聞いた時の感動は強烈だった。そして、その歌手がパリ北郊の春の風物詩「バンリユ・ブルー」音楽祭に出演すると知って直ちに席を予約したものだ。フランス語の形容詞「青い」の女性複数形(bleues)と「blues」をかけて“青い郊外ブルース”。その存在はかなり前から知っていたが、実際に足を運ぶのは初めてだった。なぜだろう。パリ北郊と聞くと、ある種の緊張感が走る。治安の悪さを心配するわけではない。フランス現代史の暗部に触れることが多い地域なのだ。そのような場所で、ユダヤ系アルジェリア人歌手のコンサートが催されれば、出席者にもそれなりの負荷がかかるはず。その歌声に魅せられてからまだ日が浅かっただけに、船酔いにも似た気持ちのままコンサート当日を迎えてしまった。これではまずい、貴重な機会なのだから、できるだけすっきりと臨まなければ。にも関わらず、混線するケータイからひっきりなしに到着時間変更の知らせが届き、アパートを出る頃にはすっかり消耗しきっていた。そんな騒ぎすら序の口だったというわけだ。

 さて、闇に包まれたばかりの「科学都市」ラ・ヴィレット前から、コンサート客専用の白いバスは会場の町リヴリー=ガルガンへ向かう。まばらな乗客に、小汚い格好の南欧人と髭面の東洋人を加えて。はたから見れば、パリで非合法的に働く闇労働者の帰宅風景だったかもしれない。


混ざり混ざってただ一つ

 リリ(本名エリ)・ボニッシュ、御年81歳。彼の音楽は、通称“ユダヤ・アラブ”音楽、つまりアンダルシア地方に起源を持つ北アフリカのユダヤ人(セファルディー)とアラブ人の伝統音楽を基盤として、タンゴやルンバなどのラテン音楽を大幅に取り入れたものだ。“取り入れた”と記したが、やむをえずそうするのである。長年の沈黙を破って98年に発表された傑作『アルジェ・アルジェ』では、伝統音楽のレパートリーと彼の“オリジナル”が混在しているが、両者の間に作風の変化は全くない。あるとすれば、あくまでも個々の曲調の違いだ。ユダヤ・アラブ音楽の専門家でなくても、ヴァイオリンのパートで支配的なハーモニーが、アラブの若者音楽「ライ」の単調で陶酔性の強いハーモニーによく似ていると感じたり、とりわけ伝統音楽のメロディーに、東欧のユダヤ人(アシュケナージ)の音楽「イディッシュ」の反響を聞き取ったりすることができるはずだ。いずれにせよ、国境という近代的概念によって諸々の音楽方言を聞き分けるのではなく、ある緯度の範囲に散在する分子的音楽が自然に溶け合う様子を思い浮かべて頂きたい。分母は暑さだ。 

 では、ハイブリッドの見本のようなリリ・ボニッシュの音楽を実際に聞いてみよう。まず、多くの曲で聞かれる前奏がいい。ピアノ、エレキギター(ボニッシュ本人)、ヴァイオリンなどが先立つけれんたっぷりの前奏は、記憶の流れを遡るための準備期間だ。音の記憶を呼び覚ますだけでなく、同時に聴衆をたぐり寄せるリトゥルネッロ。コンサートでは、前奏がかなり引き伸ばされ、それだけで独立した曲に聞こえることもあった。そして、ようやく整ったリズムに歌がすっと加わる瞬間がまたいい。“カスバ(都)のクルーナー”と称されただけあって、実に端正な声なのだ。81歳とは到底思えないほどの、などど言ってみても、あの『ブエナ・ビスタ』を盛り上げたイブライム・フェレールを知るリスナーにとっては既にお馴染みの表現かもしれない。端正なばかりか、堅苦しいまでにストイック。『アルジェ・アルジェ』の中ジャケ写真のネクタイ姿は、コンサートでもやはり同じだった。いや、コンサートよりリサイタルが似合う物腰なのである。