12 Elizabeth Smart, The Collected Poems
第一級の女性詩人
詩人というものに対する一般のイメージは、大きく二つに分裂しているように思われる。われわれの中には、まず、むやみにロマンティックな存在としての詩人のイメージがある。「私たちは出会ったのだ/嵐の海をゆく呪われた二隻の船のように」(オスカー・ワイルドの詩の一節)とか、 「枕だに 知らねばいはじ 見しままに 君かたるなよ 春の夜の夢」(和泉式部の歌、意味深長である)などと、普通の人間にはいえないことを言葉にして書き残す存在。オスカー・ワイルドなら「罪の男」、和泉式部なら「恋の女」というわけで、どちらも浪漫的なことおびただしい。
ところが、こうした詩人のイメージにうっとりするお母さんがいたとしても、自分の娘が詩人と結婚したいといいだしたら、たいがいは目を吊り上げて反対するに違いない。詩人にはもう一つイメージがあって、貧乏、ふしだら、などという言葉がいつも付きまとっているのである。
しかし、そういうことは別にして、一つだけはっきりしていることがある。つまり、どこの国でも、その国の言葉を一番上手に操るのは詩人なのである。英語に興味ある人は、英語の詩の世界を覗いておいても損はしない。
そんなわけで、今回は、エリザベス・スマートという人の詩集を紹介したい。その詩集の題名は、The Collected Poems (『エリザベス・スマート全詩集』)という。彼女が生涯に発表したほとんどすべての詩が収められているが、パンフレット並みのごく薄い本である。
エリザベス・スマートは、数奇で悲劇的な一生を送ったことで知られている。その生涯を簡単にたどってみれば、次のようになる。
彼女は一九一三年(日本風にいえば、大正二年)、カナダのオタワで生まれた。実家は中流以上の裕福な家庭であったらしく、地元の学校を出た彼女は、教育の総仕上げにイギリスに渡り、ロンドン大学のキングズ・カレッジに入る。その女学生時代に、ロンドンの本屋で、彼女は一冊の詩集を手にする。著者は、T・S・エリオットの弟子に当たるジョージ・バーカーという詩人だった。
通俗的な表現をすれば、それが運命の出会いになった。もともと詩を好む少女だったエリザベス・スマートは、まだ会ったこともないジョージ・バーカーに、作品を通じて恋をしたのである。やがて文通が始まり、実際に対面を果たして、二人の関係は相思相愛の大恋愛に発展する。ところが、ジョージ・バーカーは、すでに妻帯者であった。バーカー夫妻を追うようにしてアメリカに渡ったエリザベス・スマートは、結婚もできないままずるずると関係を続け、ジョージ・バーカーの子供を四人産むことになる。
何しろ半世紀ほど前の話だから、いくら外国でも、いわゆる未婚の母は、社会からさまざまな迫害を受ける。そうやって傷つけられながら、エリザベス・スマートは詩や小説を書いていった。
ジョージ・バーカーとの不幸な恋愛の顛末は、一九四五年に出版されたBy Grand Central Station I Sat Down and Wept(『グランドセントラル駅のそばにわたしはすわって泣いた』)という小説で描かれている。悲劇的な恋愛を回想しながらアメリカを放浪する女主人公が、最後にニューヨークのグランドセントラル駅にたどりつき、うずくまって泣き伏す、というストーリーである。
この小説は評判になったが、やがて忘れられた。作者であるエリザベス・スマートも、しばらく文壇の表舞台から姿を消していたが、近年、フェミニズム文学の台頭とともに、優れた先駆者として再評価されるようになっている。九〇年代になって全詩集が刊行されたのもそのせいである。
その詩だが、たとえば、In My Shattered Garden(「わたしの砕かれた庭で」)という詩の前半は、次のように書かれている。
In my shattered garden
I lie and cry.
Why?
I could scrub floors
And get a sense
Of something done
A neat
Achievement
But
I get up
And stumble on
And get slapped back.
砕かれた庭に
わたしは横たわって泣いています
なぜ?
床でも磨けば
何かを片づけた
すがすがしさに
心も晴れるでしょう
でも
起き上がって
とぼとぼ歩きはじめると
引っぱたかれるように戻される
いわゆる難解な詩と違って日常の言葉で書かれているが、音読すればわかるように、リズムにはきわめて強靭なところがある。この「砕かれた庭」というイメージは、彼女の生涯に起こったもう一つの悲劇と関係がある。ローズという娘を、彼女は早く亡くしているのである。かつて薔薇の花(つまりローズ)が咲き誇っていた庭はもう見る影もなく、わたしの心も砕かれてしまった……そんな思いが込められているのだろう。
この本の裏表紙には、孤独な翳りがありながら、どこか華やかな面差しで、強い意志さえうかがえる晩年のエリザベス・スマートの写真が載っている。