16 Vivienne Rae-Ellis, True Ghost Stories of Our Own Time
心暖まる実話
イギリス人は、幽霊の話がことのほか好きな国民だといわれる。事実、観光地に出かければ、(たとえばケント州なら)「ケントの幽霊たち」などという本を土産物屋で売っているし、(たとえばヨークなら)ヨーク市内幽霊観光というウォーキング・ツアーもある。ロンドンに行って、代表的な観光用の市街地図を買えば、「シーフードのおいしい店」や「品揃えの豊富な古着屋」などと一緒に、「幽霊がしばしば出現する場所」というのも詳しく書いてあるのだ。それを見ると、たとえば、ハイド・パーク(市内有数の公園)にあるサーペンタイン池に、「首のない女性の幽霊」が出没するのがわかることになっている。
しかし、最近では日本人も負けていない。日本の本屋に行けば、心霊写真集のたぐいがロングセラーになっているし、幽霊目撃の実話から始まって、霊界の話まで、かなりの数の本が並んでいるのを見ることができるだろう。もし興味があるなら、社会思想社の教養文庫に入っている今野圓輔『日本怪談集』(幽霊編と妖怪編の全二巻)あたりをお読みになると面白いかもしれない。
実をいうと、私は、その手の本を読むのが大好きで、面白そうなのが目についたら、迷わず買うことにしている。
最近読んだその種の本の中に、True GhostStories of Our Own Time(『現代幽霊実話集』)というのがあった。版元はイギリスのFaber & Faber 社で、T・S・エリオットや、ウィリアム・ゴールディング(『蝿の王』が有名)などのノーベル文学賞授賞作品を出版している名門だが、日本のインテリなら馬鹿にしがちなこういう本を堂々と出すところは、いかにもイギリスらしいといえなくもない。イギリスの文学史で重要な役割を果たしたとされる十八世紀の新聞「スペクテイター」(The Spectator 。一七一一年から一七一四年まで発行された)の復刻版を見ても、どこそこに幽霊が出た、などという記事がよく載っているくらいだから、その種の好奇心は文学的伝統でもある。ウィリアム・ゴールディングにしても、幽霊の話といえなくもない作品を発表している。
この『現代幽霊実話集』は、ヴィヴィアン・レイ=エリスという女性が編纂したもので、ヴィヴィアンさんは、それより数年前、イギリスの大手新聞に広告を出して、幽霊の目撃談を全国に募った。そのときに寄せられた手紙をもとにして、差出し人にインタビューなども行ない、三百近い目撃談を一冊にまとめたのがこの本である。
もちろん、これは、霊の世界を探る、といった本ではないし、幽霊現象を科学的に解明しようとする本でもない。こんな不思議なことがありましたよ、という話を、聞いたままに書き留めて、〈僧侶の幽霊〉〈家に住みついた幽霊〉〈ポルターガイスト〉など、いくつかの項目に分類した記録にすぎないが、よけいな判断をまじえていないぶんだけ、読者がそれぞれに自由な読み方ができるようになっている。
日本の類書だと、どうしてもおどろおどろしい怪奇の世界になってしまうが(先に挙げた教養文庫の『日本怪談集』は非常に恐い)、この本に紹介されている幽霊話の三分の一くらいは、母親の仕事を手伝った息子の幽霊、海岸で子供の命を助けた犬の幽霊、新しい住人と友だちになった幽霊屋敷のお化けなど、(こういってよければ)心暖まる話が揃っている。
むろん、毛むくじゃらの手が現われて交通事故を起こす呪われた道路の話といった、いわゆる悪霊のたたりも取り上げられているが(そういうところでは、神父さんや牧師さんを呼んでお祓いをするらしい)、概してイギリス人と幽霊との付き合いは友情にもとづいているようだ。何人かの体験者は、あの幽霊ともう一度会ってみたい、などといっている。
あんな目にはもう二度とあいたくないという、比較的気味の悪い話には、次のようなものがあった。ある女性によって語られた書き出しを原文のまま引用すれば、以下のようになる。
It first happened at a comfortable modern house at Harpenden. I remember best the night nursery, which was down three or four steps at the end of along passage, all carpeted in blue with a lot of shining white paint. I was not quite four years old at the time, but I remember that my cot stood along the wall on the opposite side of the room to the door.
「最初にその出来事があったのは、ハーペンデンにある近代様式の快適な家に住んでいたときのことです。記憶にはっきり残っているのは、その家の子供用の寝室です。長い廊下の行き止まりから三、四段の階段を下りたところにあった部屋で、青い絨緞が敷き詰められ、まぶしい白いペンキが塗られていました。当時、わたしはまだ四つにもなっていませんでしたが、部屋の戸口から反対側の壁際に自分の寝台が置いてあったのを憶えています……」
語り手の女性は、その寝室で幽霊と遭遇する。ある日の朝、まだ幼児だった彼女が寝室で寝ていると、ドアにノックの音があった。乳母がきたのだと思って、どうぞ、と声をかけたところ、いきなりドアが開いたかと思うと、水泳帽をかぶった異様な風体の中年女性が、ものすごい速さで部屋に入ってきて、ぎらぎら光る黒い目で、ベッドの彼女を覗き込んだ。彼女は悲鳴を上げて失神した。気がつくと、女の姿はなかった。
それから、三、四年たって、彼女たち一家はデヴォンの避暑地で夏を過ごしていたが、ある朝のこと、彼女が寝ている寝室のドアにノックの音があった。そのときも、何気なく、どうぞ、と声をかけたところ、水泳帽の同じ中年女性の幽霊がずかずかと入ってきて、同じ黒い目で彼女を覗き込んだ。幼児時代のことを思い出しながら、彼女はまた悲鳴を上げて失神した。