17 Marjabelle Young Stewart, Dear Marjabelle
現代版エミリー・ポスト
アメリカの本を読んでいると、「エミリー・ポスト(Emily Post)」という名前にときおり出くわすことがある。分野は問わず、たとえば物理学の解説書に、
「それが発するエネルギーの方向は通常の予測がつかず、決してエミリー・ポストが推奨するようなエネルギー源ではないが……」
などと出てきたり、ミステリの何気ない一節に、
「彼はエミリー・ポストではなかったので、ノックもしないでドアを開けた」
と書いてあったりするのだ。
そのエミリー・ポストとは何者か? ご存知のかたも多いだろうが、彼女はアメリカにおけるエチケットの権威とされてきた人物で、その名前はhousehold word(日常よく使う人名、ことわざ、言い回しなど)になり、辞書にも載っている。たとえば、研究社の『リーダーズ英和辞典』には、
「(一八七三―一九六〇)米国のジャーナリスト、Emily Post's Etiquette(初版一九二二)はたびたび改訂を重ね、エチケットの権威とされる」
とある。日本でいえば、まあ、「小笠原流」に相当するだろう。その小笠原流で先の例文を置き換えれば、
「それが発するエネルギーの方向は通常の予測がつかず、決して小笠原流が推奨するようなお行儀のいいエネルギー源ではないが……」
になったり、
「彼は小笠原流の礼儀作法に通じていなかったので、ノックもしないでドアを開けた」
になったりする(もちろん、普通こんな訳し方はしないのだが)。
日本の小笠原流は室町時代に小笠原長秀が定めたものだといわれている。アメリカのエミリー・ポスト流は、一九二〇年代の初期にその形が整った。この年代には、いささかの意味がある。
いうまでもなく、アメリカは多民族国家で、一九二〇年代といえば、第一次世界大戦でヨーロッパが荒廃したのを受けて、大量の移民がアメリカに流れ込んだ時代でもある。こういう移民たちが、新大陸の社会に溶け込むときの参考にしたのが、エミリー・ポストの礼儀作法読本だったのだ。
エミリー・ポストの本には、以上のような歴史的意義があったわけだが、もちろん、最近ではアメリカの社会も変わってきている。その変化に応じて、新しい礼儀作法の本も何冊か出ているが、現代版のエミリー・ポストといえば、さしあたり、マージャベル・ヤング・スチュワートの名前が挙げられるだろう。今回紹介するのは、そのマージャベルおばさんが書いた礼儀作法読本Dear Marjabelleである。
副題にAnswers to the 325 Most-Asked Questions of the 90sとあるように、この本には、エチケットに関する三百二十五の質問とその回答が収められている。質問を大別すれば、家族や友人・隣人と付き合うための心得に始まって、仕事上の人間関係、パーティの開き方・招かれ方、プレゼントのやり取り、手紙の作法、冠婚葬祭の礼儀、チップの一覧表など、多岐にわたっている。
いかにも現代の本らしいのは、結婚式の心得にしても、新郎か新婦の両親が離婚している場合が考慮されていることだ。たとえば、次のようなQ&Aがある。
Q: I know my devorced parents will not want to sit together at my wedding, even though neither one has remarried. What can I do?
A: Your mother sits in the first pew or row of seats. She should not sit alone. If she invites an escort, he will sit with her; otherwise, she may ask her brother or some other close relative or family friend to sit with her. Your father, with his escort or a sister or close family friend, sits one or two pews or rows behind your mother.
Q・離婚した両親がわたしの結婚式に出るとき、どちらも再婚していませんが、隣り合わせにはすわりたくないと思います。どうすればいいのでしょう。
A・お母さんは最前列にすわらせましょう。ただし、一人だけではいけません。エスコート役の男性がいればその人を、そうでなければ、男の兄弟か、ほかの親類か、一家の親しい友人に隣にすわってもらいます。お父さんは、エスコート役の女性か、女のきょうだいか、一家の親しい友人と一緒に、お母さんの一、二列うしろにすわります。
アメリカ人のエチケットの中で、われわれにわかりにくいのは、いわゆる〈ファーストネームのルール〉というやつだろう。どういうときに相手をファーストネームで呼べばいいのか。あるいは、ファーストネームで呼ぶと失礼に当たるのはどんな場合か。目上の人を気安くファーストネームで呼んではいけないというのは常識だろうが、社会生活を送っていると、もっと微妙な局面に出会うことがある。
この問題にはアメリカ人も頭を抱えているらしく、Dear Marjabelle にもいろいろな例が挙がっている。たとえば、母親に自分の友だちを紹介するときには、「ママ、友だちのキャロル(ファーストネームだけ)よ」という具合にする。会社の上司に新しいアルバイト社員を紹介するときには、「ミスター・スミス(と、ミスターをつける)、こちらはトム・リップリー(ミスターなしのフルネーム)です」というふうにする。サービス業務についている人、たとえばホテルのドアマンなどに自分の名前を告げるときには、「私はミスター・スミスという者だが……」と、自分の名前にミスターをつける。そうすると、ドアマンは、その人のことを次から「ミスター・スミス」と呼んでくれるようになる。
手もとにあれば、何かのときに役に立つ本ではないだろうか。