TWICE TOLD TALES

Book Review Archive

宮脇孝雄


9 Tim Heald, A Life of Love


イギリスで、一番たくさん本を書いている作家


 今、イギリスで、一番たくさん本を書いている作家は誰か?

 その答えは、バーバラ・カートランドである。たぶん、世界中の現役作家の中でも、その著書の数は誰よりも多いのではないだろうか。

 バーバラ・カートランドの小説は日本でもたくさん訳されているが、

「バーバラ・カートランド? そんな作家知らないよ」

 という人も意外に多い。彼女の本は、普通の新刊書の棚や、文庫本の棚には並んでいないからである。どこにあるかというと、ロマンス小説の棚にある。たぶん、彼女は、世界で一番有名なロマンス作家だろう。

 その昔、バーバラ・カートランドは、社交界の花形としても知られていた。現在でもその写真は週刊誌や新聞を飾り、英国王室御用達のハーディ・エイミズや、フランスのヴォルトのデザインによるピンクのドレスを着て、厚化粧をした姿が、常に話題になっている。数年前に叙勲され、女王から「デイム」(Dame)の称号を賜っているので、今や名実ともに貴族の一員である(ちなみにいうと、「デイム」の称号を賜ったほかの作家には、アガサ・クリスティがいる)。

 彼女は一九〇四年、日本風にいえば明治三十七年の生まれで、すでに九十歳を超えているものの、なお現役で小説や自伝を発表している。

 バーバラ・カートランドが八十九歳のとき、著書が五百冊を超えたお祝いのパーティが開かれたが、そのパーティの当日、実は今、五百三十一冊目の小説を書いていることがわかった。これから出版される本を、すでに三十冊も書き溜めていたのである(もっとも、近作は、アウトラインだけを書いて、あとは秘書に肉付けさせているようだが)。

 というわけで、バーバラ・カートランドの小説など読まない人でも、カートランド本人には興味があるらしく、ついに彼女の伝記が出た。それが今月紹介するA Life of Love(『愛の一生』)である。著者のTim Heald(ティム・ヒールド)は、バーバラ・カートランドとは三十年来の付き合いで、出会いのときを回想しながら、冒頭、こんなことを書いている。

 I first interviewed Barbara Cartland in 1967 when I was a twenty-three-year-old feature writer on the Sunday Express. My rather hackneyed idea was to compile a four-part series on 'People We Love to Hate'. These were to be 'The Traffic Warden', 'The Mother-in-Law', 'The Football Referee', and 'The Income Tax Inspector'...(中略)...

 My ostensible reason for approaching Barbara Cartland for the mother-in-law piece was that she had been the Earl of Dartmouth's mother-in-law for the past twenty-one years. This was, of course, a ridiculous pretext. The only reason for the Earl of Dartmouth having any public reputation was that he was sandwiched uncomfortably between two exceptionally formidable and forthright personalities: his wife, Raine, the Countess, and his mother-in-law, Barbara Cartland, the most prolific romantic novelist of her, or any other's, day.

「私が初めてバーバラ・カートランドにインタビューをしたのは一九六七年のことだった。当時二十三歳の私は、〈サンデー・エクスプレス〉紙で特集記事を専門に書いていたが、そのときは〈世間の嫌われ者〉という陳腐な題材で四回続きの連載を考え、交通取締まり警官と、義理の母親、サッカーの審判、所得税査察官を取り上げることにした。(中略)

 〈義理の母親〉の回にバーバラ・カートランドを取り上げることにした表向きの理由は、彼女が二十一年前からダートマス伯の義理の母親になっていたからである。もちろん、口実としてはお粗末なものだった。ダートマス伯自身には、ずけずけとものをいう個性の強い二人の人物にはさまれて困っている人、というイメージしかなかったのだ。その二人の人物とは、妻である伯爵夫人のレイヌと、義理の母親にあたるロマンス作家――当代一の、いやたぶんどの時代でも一番の多作家、バーバラ・カートランドである」

 ご存じのかたも多いと思うが、ここに出てくるバーバラ・カートランドの娘、ダートマス伯爵夫人レイヌは、のちに第八代スペンサー伯爵と再婚する。スペンサー伯にはすでに四人の子供がいて、その三女がのちのダイアナ妃である。つまり、バーバラ・カートランドは、ダイアナ妃の義理の母親の実母という立場になったわけで、その宣伝効果もあり、Love Climbs InMoments of Love といった七〇年代、八〇年代の作品はベストセラーになった。

 飽きもしないで女子供の読む本ばかり書いてきた通俗作家、社交界の化石、マスコミによく登場する変人奇人の一人、などというイメージもバーバラ・カートランドにはあるが、彼女がJigsaw(『ジグソー』)という小説で文壇にデビューしたのは、七十年以上も前の一九二一年(大正十年)のことである(そのころ、日本では、芥川龍之介が新進の作家として活躍していた)。それ以来、常にマスコミの脚光を浴びながら第一線で活躍してきたのだから、作家としても、人間としても、決してただ者ではないはずだ。

 実際、本書には、自己演出の達人である冷徹なリアリストとしての側面もきちんと書き込まれており、興味は尽きない。

 この本を書きながら、ティム・ヒールドは、バーバラ・カートランドとよく電話で話をしたそうだ。あるとき、彼女は電話でこんなことをいったという。

 If you write things I don't like, I'd come back and haunt you.

(「もしあたしの気に入らないことを書いたら、死んだあとで化けて出てきてやるからね」)

 そして、ティム・ヒールドは、

 「化けて出てきてもらいたいので、あえて彼女の気に入らないことも書いた」

 と白状している。

uoload 97/10/26


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