国境と文学

浦島太郎 千五百年の孤独

西 成彦

第7回

性愛の言語化

● ● ●


 性行為が文字による表現の対象となるまでには複雑な回路を経由する必要がある。

 ――汝が身はいかに成れる?

 ――吾が身は成り成りて、成り合わぬところ一処あり。

 ――吾が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(=かれ)吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合わぬ処に刺し塞(=ふた)ぎて、国生みなさむと思ふはいかに?

 ――しか善(=え)けむ。

 ――然らば吾と汝と、この天の御柱を行き廻り逢ひて、美斗(=みと)の麻具波比せむ。

(…)汝は右より廻り逢へ、我は左より廻り逢はむ。

 ――あなにやし、えをとこを。

 ――あなにやし、えをとめを。

 『古事記』では、このような儀式性をもって性行為が、行為以前に、あらかじめ描写されている。性行為に先駆けて、言語的に輪郭を描いてみること。言語的前技ともいえるこうした機能が、ポルノグラフィーの重要な機能のひとつであることは言うまでもないだろう。そして、『古事記』では、言語的前技がそのまま性行為そのものでもあるかのような性行為の抽象化・省略を経て、「国生み」の起源が描かれている。

 求愛の言語と、前技的な性描写によって、性行為そのものの言語化を避ける――言い方を換えれば、性行為の内部に言語を内在させず、また言語の介入を許さない――性行為の空洞化が、そこでは施されているのである。

 しかし、つづく天照大神と須佐男のあいだの「誓約」(=うけひ)の場面では、言語をともなわない性行為そのものを言語が記述する実況中継的語りが幅を利かせている。

 天照らす大御神まず建速須佐の男の命の佩かせる十拳(=とつか)の剣を乞ひ度(=わた)して、三段(=みきだ)の打ち折りて、ぬなとももゆらに、天の真名井に振り滌ぎて、さ齧みに齧みて、吹き棄つる気吹(=いぶき)の狭霧に成りませる神の名は(…)

 「ぬなとももゆら」とは玉(玉砂利か?)がなる鉱物的な音の表現らしいが、神秘的な性行為の音響性がここでは強調され、二神はこのあと「ぬなとももゆら」に、次々に子産みに励むのである。齧んだり、吹いたり、口唇的な性交がここでは饒舌に語られている。

 ところが、この後の須佐男と櫛名田姫の説話以降、性行為はもっぱら「妻隠」の秘密と化し、『古事記』の言語は、求愛言語の再生以上のポルノグラフィーとは疎遠になる。

や雲立つ 出雲八重垣 妻隠み(=つまごみ)に

八重垣作る その八重垣を

 ところが、その後、日本文芸の中で、最もその性行為を克明に叙述された人物――それが浦島なのである。

 『丹後国風土記逸文』や『万葉集』では、出会いと求愛と同居だけを簡潔に語って終わり、その閨房にまで踏み込むことのなかった日本文芸に、ふたたびポルノグラフィックな表現可能性を復活させたのが、中国文芸であった。

 漢文で書かれた浦島文献の中で最も長文の『續浦嶋子伝』は、『遊仙窟』や『長恨歌』や『桃花源記』をはじめとする中国文献から視覚的描写を中心の多くの表現技法を借用して書かれ、ポルノグラフィーの限りを尽くしている。

 「艶彩繽紛」――花々は咲き乱れ――「飛香発越」――香りがおそってくる。すると心は騒ぎ、耳はそばだち、魂はまどい、精が奪われそうになる。これこそ「神女」の洞窟であり、嶋子は神女と共に「玉房」に入り、「綺席」(=綾絹を張った敷物)の上に坐る。

 「薫風は宝帳に吹き」「羅帷の香を添え」「蘭燈は銀床を照らし」「錦筵は彩を加ふ」――舞台効果がすべて整えられて、浦島は「共に鴛衾に入らんことを願う」ばかりである。

 「玉体を撫して」「繊腰」をいだき、相手をほめたたえながら、二人は数々の体位を試みるのである――「魚比目の興」「燕同心の遊び」「舎予巻の形」「偃伏の勢い」――このあたりは『洞玄子』『医心方』などという漢籍を通じて日本にもたらされた中国性科学からの請け売りである。平安中期は、こうした中国性科学の成果に基づいた春画類が宮廷周辺に出まわっていたといわれ、『續浦嶋子伝』はそういった平安世俗芸術の枠組をそっくり取り入れた日本最古のポルノグラフィーのひとつなのであった。

 一方で、「天仙」なる神女と「地仙」なる浦島のあいだの異類婚姻の物語なのではあるが、もう一方では「萱草(=抑鬱剤?)を労すことなくして是れ憂ひ忘るべし」「仙薬を服さずして、忽ちに応に齢ひを験すべし」と、カルマ・オーガスムスの効用を、仙薬にもまさる効用として解く、まさに「ハウ・ツー・セックス本」として、これが読まれる場がここに出来上がったのだ。

 日本神話の系譜にあった日本的性科学は、ここでは完全に中国伝来の性科学に一歩譲り、仙人ならずともそれを験すことによって、日常的な憂さを晴らし、長寿を夢見させることのできる世俗的な知として、流通しはじめるのだ。

 「魚比目、男女倶に臥し、女は一脚を以て男の上に置き、面相向ひて、口を口焉り、舌を口朔る。男は両脚を展きて、手を以て女の上脚を担ぎ、玉茎を進む。」

 「燕同心、女をして仰臥し其脚を展げ令め、男は女に騎して肚上に伏し、両手を以て女頚を抱ふ。女の両手は男残しを抱へ、玉茎を以て丹穴の中に内む」

 『續浦嶋子伝』で不明の点は、漢籍まで溯ることによって、より具体的な言語的説明に到達できる。

 そもそも言語以前の身体的運動である性愛が、言語による言霊的暗示力によって高まり、さらには視覚的な文字媒体・意匠媒体のリアリズムによって、抽象化・理想化され、ある種の秘術として伝達される種類の行為となっていく過程の中に、浦島はそっくり納まっていく。海を越えた浦島であったればこそ、中国的な性愛の具現者としていっそう祀り上げられるのである。

 もちろん神仙世界を去った浦島は、「若し故郷に還りたらば声色好むことなく、真性損なふことなかれ、五声八音は聴くを損なふ声なり、鮮藻艶彩は命を傷むる色なり、清醪芳体は性を乱す毒なり、紅花素質は命を伐つ斧なり」と釘を刺され、地上での「養生法」を授かって、地上では元どおり「地仙」として永久にさまよいつづけることになるのだが、もはやこういった結末は、『續浦嶋子伝』の核心ではない。

 身体表現の一部としての性愛の技術は、人間の移動とともに急速に伝播し、さらに言語を介して、文字を介して、蓄積されていく。

 仏教がそうであったように、カバラーがそうであったように。

 そしてただひとり浦島は、神女との性愛の記憶を残したまま、「玉匣」の契りに背き、永遠に「巌河を飛遊して、海浦にて隠淪(=聖)たる」運命を引き受ける。中国伝来の性愛術に狂う俗世間を尻目に。

参考文献:渡辺秀夫『平安朝文学と漢文学』[付録]「続浦嶋子伝記」略注

(第7回了) 
Upload Apr.19 1998

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