約四カ月に及んだぺルーの日本大使官邸占拠事件は、保証委員会による仲介が滞るなか、特殊部隊の不意の突入で幕を閉じた。この事件では日本の在外公館が標的となったため、とりわけ日本ではこの突入は、まずはみごとな「人質解放劇」として賞賛のムードで迎えられた。
だが、交渉の表に立ったシプリアニ大司教が言うように、必ずしもこれが最良の解決策だったわけではない。人質の解放が第一だとして、まさしくそのために保証委員会が努力し、キューバのカストロ大統領の犯人受け入れの同意までとりつけていたのだから。
ペルー政府は結局、第三者の交渉を楯にして武力解決の準備をし、「テロリスト」にはいっさい譲歩しないという強い姿勢を貫いたことになる。けれども、人質解放という幸いにして得られた結果が、この姿勢にかいま見える現代国家の問題を帳消しにするわけではない。
多くのメディアは「完全制圧」といった言葉で特殊部隊の「快挙」を伝えたが、それはすなわち一四人のゲリラを一挙に「処刑」したということでもある。だが、ゲリラの方はこの間一人の命も奪ってはいない。たしかに住居侵入、器物損壊、不法占拠、監禁、恐喝といった罪状はいくつもあげられる。だがそれが裁判もなしに全員を殺害する理由にはならないだろう。
殺人が罪を問われないのは戦争と死刑だけである。そしてその権利は国家が専有している。だが国家といえども、というより国家はそれを独占しているからこそ、暴力の発動は合法的でなければならない。それが近代の法治国家の原則というものだ。それに世界戦争の大量殺戮を見たいまでは、国家が人を殺す権利自体が問われ、ヨーロッパ諸国をはじめ多くの国は死刑を廃止している。ペルー政府は刑務所にも多くのゲリラの囚人を抱えているはずだが、第三国の仲介を要請しながら、それを欺くようにしてゲリラを「処刑」する国家に、人はどんな裁判を期待できるだろうか。
それでは、これは犯罪ではなく戦争だったというのだろうか。「テロリスト」相手の戦争だと。たしかに「作戦」を首尾よく果たした兵士たちは、その直後官邸前に整列して国家を歌い、また翌々日には二人の殉死者が「国家的英雄」として盛大に葬送された。つまりこの出来事は「英雄」の献身による「救国劇」として演出されたのだ。だが「英雄」とはかつては外部の敵と戦いから生まれたものだ。ところが今回の「敵」は、曲がりなりにも同じ国の「国民」、それも追いつめられた少数派だった。外敵ではなく内部の敵の「制圧」をもってしか「国威の発揚」を演じられないところに、現代の「雄々しさ」を気取る国家の倒錯がある。
国境線が地球をくまなく分割するようになったのは二十世紀になってのことだ。それ以来人はどこかの国の「国民」でしかありえない。どこの国にも属さない者は行き場のない「難民」としてさまようはめになる。住処を奪われた者たちが追いつめられて武力に訴えると、国家はそれを「テロリスト」と呼んで法の外に置き、みずからの暴力で圧殺する。そんな光景がパレスチナをはじめとする世界の各地で、もう半世紀も繰り返されてきた。
国家が地表を区切ってそこを「領土」と主張するなら、国家は「国民」を選ぶべきではないだろう。そうでなければ、いまこの地球上には国民国家の支配体制によって、抹消される数かぎりない人びとがいることになる。今回のゲリラとてペルーの「国民」であることに変わりはない。現在の国家の合法性が「国民」によって支えられているとするなら、たとえ「犯罪者」でもその「国民」の一部を問答無用で抹殺する国家は、それだけでみずからの正当性を損なっていると言わねばならない。
冷戦終結以来、国家もまたよって立つ軸を探しあぐねているようだ。けれども少なくとも言えるのは、地表を国家がくまなく覆い、国家間の関係が重層的に複合化して、国と国との戦争が起こりにくくなっている今、国家をかつてのように戦争モデルに依拠して構想することはできないということだ。戦争が国家間で起こるより、内戦として、民族や部族の抗争として起こるということも、少数の過激派による「テロ」が頻発することも、そのことと無縁ではないだろう。だとしたら国家はいかにしてその正当性を「国民」に示しうるのか、ペルー事件とその結末はそんな問いを提起しているように見える。
スペイン語ではフヒモリとしか呼ばれないだろうその国の大統領の名を、日本のメディアはフジモリと表記する。そこにすでに典型的に現れているように、人はあまりに旧態依然たる民族や同胞意識の枠組みで国を捉えすぎているようだ。
(了)