21世紀を目前に日本政府は、今世紀のこの国をとりまく歴史を清算して新たな国家体制を整備しようとしています。ガイドライン関連法案をはじめとし、土地強制収用を容易にする地方分権推進一括法案、盗聴法案、そして国民背番号制と、この間国会に提出された重要法案は、国際社会の変化や情報技術による社会条件の変化への対応を口実に、国家による人びとの生活への多面的な介入権を確立強化することをねらいとしています。
日の丸・君が代法案は、そうした国家の振舞いへの批判を封殺するとともに、教育の場を礼拝所と化し、国家の権威に盲従する「国民」を育成する象徴政治の要を合法化しようとするものです。このような政府の意図を、歴史の改竄や権威の保護によって「国民意識」を捏造しようとする、新たなナショナリズムの潮流が後押ししています。
われわれは今、戦争の世紀の歴史を踏まえて新たな世界を構想し、20世紀的国家をいかに改編してゆくかを考えるベきときでしょう。アメリカの軍事・情報的一元支配の体制に国家ごと組み込まれることでそれを支え、そのために国内に国民の管理統合体制を整備して一元的国家を作ろうとするのか、そしてその国家に各人のアイデンティティの拠り所を求めるのか。それとも、個々人の自由と自立を確保することから、世界の複合化に見合った方向に国民国家の枠を改編し、多元的世界の連携を構想してゆくのか。
しかしこうした重大な岐路にじかに関わる法案が、今国会では政党の数合わせだけで次々と通過してゆきます。選挙を野党として戦った政党が党利党略で自民党と野合し、一度も選挙の争点となったことのない、いなむしろこれまで争点とすることさえできなかった重要案件を、いっさいの公共的論議を回避して、かき集めた数の力でそそくさと通してゆくという事態は、まさに「自自公」連立による「クーデター」と呼ぶしかないものです。
日の丸・君が代法案を衆議院は圧倒的大差で可決しました。これはあらゆる世論調査の結果に反するもので、天皇に関するこの国の異様な「自粛」のメカニズムがすでに機能していることを感じさせます。また「盗聴法」はいつの間にか「通信傍受法」と言い換えられ、誰からともない命名ですでに作為的な本質の隠蔽が行われています。
個人の自由や自立を内外から脅かす法案の審議に、すでに公共的議論を封殺するからくりが仕組まれる一方で、国旗・国歌法案もまだ成立しないうちから、文部省は臆面もなく学校での統制強化を当然とする見解を公表しています。またオウム教団ヘの大衆的反感を口実に、政府が破防法の強化を画策していることも見逃せません。
「自自公」連立によってこの国の民主主義は危殆に瀕し、いまや歯止めのない国家再編の道を突き進もうとしています。その先に見えるのは、国家が国民をすみずみまでコントロールし、「非-国民」を析出排除する原理主義的国家でしかないでしょう。この未曾有の反動の危機に、それぞれ個別の法案に違った立場から反対の声をあげたグループがいまここに集結しています。われわれは自由な連携と議論の公共化によってこの動きに待ったをかけ、すでに狭めらつつある自由の空間を是が非でも確保してゆかねばなりません。
この国の民主主義を骨抜きにする「自自公クーデター」に声を大にして抗議し、この先に予想されるさらに大きな攻勢に備えて、自由と民主主義の実を勝ちとるための強固で持続的な闘いを組織してゆこうではありませんか。
1999年8月5日
8月5日討論集会 参加者一同