脱領域ワークショップ 「歴史の中の『テンペスト』」

岩村 健二郎

“われら”キャリバン――

フェルナンデス=レタマールの“キャリバニズム”

Roberto Fernandez Retamar, Caliban and other Essays,1971/1989を読む

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1 はじめに

 エベルト・パディージャは、『ゲームを外れて(Fuera del fuego)』によって、内外の文学者で組織される作家連盟よりウネアク賞を与えられたが、その後に書いた文芸批評が「反革命的」とされ、1971年4月に逮捕、翌月自己批判を行った。これに対し、サルトルをはじめ親キューバだった多くの他国の知識人が非難声明を出し、キューバ政府側との断交を宣言した。いわゆる「パディージャ事件」である。フェルナンデス=レタマールは、その数カ月後にこの『キャリバン――われわれのアメリカの文化に関するノート』を書いた。パディージャについて直接の言及はない。「一人のキューバ作家が監獄で発した凶暴な怒号」という表現が見られるのみだ。しかし、フエンテスの『アルテミオ・クルスの死』の登場人物の名に「パディージャ」を見つけ、わざわざ台詞を引用している。都合のいいことに、マルクス経済学を修めた「パディージャ」はそこで、「理論と実践は違う」、マルクシズムは「年頃の人間がかかる伝染病だ」と言うのである。

 『キャリバン』が「事件」に対する非難への応答として書かれたことは明白だ。「一人のキューバ作家の怒号とともに」キューバと袂を分かったフエンテスは、「CIAが出資する雑誌」を率いる「反革命的な宣言を文化の領域で行った作家たちの代表」である云々、他にもサルミエント、ボルヘスなどを槍玉に挙げて「怒りに満ちあふれた言葉」(78年のフェルナンデス=レタマールの言、Gonzalez Echevarria: 214)でキューバ革命を弁護している。むろん私はここで『キャリバン』をキューバ革命のイデオローグが書いた政治的プロパガンダとしてのみ読むつもりはない。しかし逆に、そうした政治的意図を脱色させた読解は、極めて重要な部分を見過ごすことにならないだろうか。「われわれのアメリカの文化」を自問し続けるフェルナンデス=レタマールは、最終的に自らの主張をフィデル・カストロの言葉へと接合してゆく。曰く、「抑圧と搾取を被った階級である大多数の人民にとって良いものが、われわれ革命家(revolutionary)にとって良いものなのであり、彼らにとって高貴で美しく価値あるものが、われわれにとって高貴で美しく価値あるものなのである」(p.43)。つまり『キャリバン』で行われていることは、「抵抗」の声を構成することであり、「われわれ」としてその声を代表/表象することだ。私はここで、フェルナンデス=レタマールがいかなる「われわれ」を、いかにして構成しているかを中心に『キャリバン』を読み、「キャリバン」という象徴と、「メスティソ」という主体の認識論上の関係性について明らかにしたい。

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2 “われら”キャリバン

 著者は、とある席でヨーロッパ人のジャーナリストから「ラテンアメリカ文化なんて、あるのですか?」と質問される。これを、植民地化の経験を持ち、今や「発展途上国」や「第三世界」と名指されている国へ向けた、「存在」への問いとしてとらえる。そして、「基本構造上の類似性にもかかわらず高度に複雑化されている旧植民地世界」の中においても、特にラテンアメリカは、「本質的」に「メスティソ」化しているゆえに「ヨーロッパのコピー」として蔑まれるという。曰く、「ヨーロッパb北アメリカ人は、中国人をノルウェー人に、バントゥー族をイタリア人と混同することはないだろう。しかし、われわれラテンアメリカ人はしばしばヨーロッパ人の徒弟、粗描、さもなくば輪郭のぼやけたコピーと見なされ、(…)同様にわれわれの文化はヨーロッパ・ブルジョア文化の徒弟、粗描、コピーと見なされる」(p.5)。そして、「文化」に対する偏見の方が多く起こる原因として、「植民者」の言語を「われわれ」が使い続けていることを挙げる。しかし、「彼らの言語は今やわれわれの言語となった。彼らの概念装置は、今やわれわれの概念装置となった。いったいそれ以外でどうやって議論しろというのか?」 。外部から与えられた差別的イメージを明らかにし、同時に「われわれ」の「本質」の特殊性を述べながらも、著者はここでは前者の誤りを後者によって正すという方法をとらず、「抵抗」は修辞的に示される。『テンペスト』においてキャリバンがプロスペローに叫ぶ台詞、「たしかにことばを教えてくれたな、おかげで悪口の言いかたは覚えたぜ。疫病でくたばりやがれ、おれにことばを教えた罰だ。」ここに自らの「抵抗」の契機を見るのである。

 もちろんフェルナンデス=レタマールが見いだした「抵抗」の契機は、「教えられた言葉で悪口を言う」という台詞においてのみあるのではない。その台詞が置かれた『テンペスト』というテクストを、「われわれの歴史の再解釈」へむけて読解すること、文学的キャノンを「われわれの物語」として語りかえすことを通して「抵抗」は実現されるのである。フェルナンデス=レタマールが分析するのは次の二点である。第一に、「キャリバン」のアナグラム上の元である「カニバル」が、歴史的にどう生成し、どう使われてきたかについて。いわば「キャリバン」の言説的語形論(Hulme1995: 21)である。コロンブスの『航海日誌』にはじまるそれは、トマス・モア、モンテーニュ、そして『エセー』の英訳者であるジョバンニ・フローロを経由してシェイクスピアへ至る。「新世界」が「タイーノbカニバル」=「ユートピアb野蛮の地」の二分法によって、それぞれ「ブルジョア左派と右派」において形象化されることによって、ヨーロッパの認識に成立し、「ゴンザーローbキャリバン」関係として『テンペスト』へ流れ込むまでを追う。こうして、なにより『テンペスト』が「アメリカ」の物語であることが確認される。第二は、『テンペスト』誕生後の「キャリバン」の歴史、つまり、『テンペスト』批評の歴史的考察である。「プロスペローbキャリバン」関係に「植民者b被植民者」関係を見る、言うなればポスト・コロニアル批評が、(旧)植民地であるラテンアメリカにおいていつ出現するのかを中心に分析されている。『テンペスト』読解が、コロニアリズム批判として行われるようになる意識の変遷を追うわけである。言及されるのは、ルナンに始まり、ポール・グロウサック、ホセ・エンリケ・ロド、アニーバル・ポンセ、オクターヴ・マノーニ、ジョージ・ラミングらの批評、作品である。フェルナンデス=レタマールによれば、キャリバンが被植民者とされるようになるのは、第二次大戦後のマノーニ、ラミングからである。注意すべきはグロウサックとロドの扱われ方である。1898年のグロウサックの演説、そして1900年のロドの『アリエル』は、「キャリバン」をレトリックに使った「ラテンアメリカの作家によるヤンキーの脅威に対する明確な拒絶」の例として採り上げられている。つまり「植民者b被植民者」関係の分析の文脈において、「アメリカ合衆国bラテンアメリカ」関係が語られているのである。

 フェルナンデス=レタマールの整理においてマノーニは、「プロスペローbキャリバン」関係を、「植民者b被植民者」関係として読解した最初である。そしてラミングに至ってキャリバンはついに、「われわれラテンアメリカ」の作家によって、自己として認識されるようになる。しかし、被植民者が植民者への「依存コンプレックス」を持つとされ、また「キャリバンに贈られた言語は、まさしくキャリバンの行いが実現され、規制される監獄である」とする両者の『テンペスト』読解は、フェルナンデス=レタマールにとって「われわれの歴史の再解釈」を完了させるものではない。フェルナンデス=レタマールはコロニアリズム批判としての『テンペスト』解釈からさらに逸脱して、アイデンティティの政治のための「キャリバニズム」へ向かうのである。すなわち、1969年に3人のアンティル諸島の作家によって、3つの「植民者の言語」で書かれた新たな『テンペスト』解釈は、キャリバンを「ついに誇りを持ってわれわれの象徴とする」。それは、エメ・セゼールの『あるテンペスト:シェイクスピア『テンペスト』黒人劇への改作』、エドワード・ブラスウェイトの詩『アイランズ』、そして自らの『フィデルに至るキューバ』である。「カニバル=キャリバン」と『テンペスト』は、言説的語形論とコロニアル・ディスコースとしての読解によって、ヨーロッパの植民地支配のレトリックであり、価値のヒエラルキーの認識を写し取ったものであることが確認された。その上でフェルナンデス=レタマールは、「隠喩による中傷語」として維持されてきた「キャリバン」という他者表象を反語的になぞり自称すること、すなわち否定の否定によって、「支配b被支配」の関係を暴露し、転倒させようとするのである。

キャリバンをわれわれの象徴とする時、いくらわれわれの具体的な諸現実に基づいていようとも、それが完全にはわれわれのものではなく、外来の加工品であることを私は自覚している。しかし、他からの要素を完全に避けることなど、どうやってできるというのだ?キューバで最も貴ばれている言葉、「マンビー」は、独立戦争の時にわれわれの敵によってわれわれに中傷の意味であてがわれたものだ。(…)明らかにアフリカに源があるこの語は、かつてスペイン人植民地主義者たちの口にあがるときは、独立派の人間を黒人奴隷として揶揄する為に使われていた。当時黒人奴隷は、独立戦争のために解放され、解放軍の主力をなしていた。独立派は、白人も黒人も、コロニアリズムが中傷語たらしめようとしたものを、誇りを持って採用した。これがキャリバンの形而上的な意味だ。(p.16)

 ところで、「キャリバン」を象徴とする「われわれ」とは誰であろうか。「キャリバニズム」の戦略は、「コロニアリズムが中傷語たらしめようとしたものを、誇りを持って採用する」こととして端的に言われているから、この問いは適切ではないかもしれない。しかし「キャリバニズム」は被支配者の抵抗を一般化することが目的ではなく、「具体的な諸現実に基づいた」「われわれの歴史の再解釈」をまずは要請するものである。「ラテンアメリカ人」「カリブ人」「キューバ人」「被植民者」「被支配者」と様々でありながら、フェルナンデス=レタマールは「われわれ」を特化する形象を一つ用意している。それがホセ・マルティが呼んだ「メスティソ・アメリカ」である。

われわれの象徴は、ロドが考えたようなアリエルではなく、キャリバンだ。このことは、キャリバンが住んだ同じ島々に住むわれわれメスティソから見れば、明確に理解できる。プロスペローは島に侵入し、われわれの祖先を殺し、キャリバンを奴隷にし、彼を扱えるように自分の言葉を教えた。彼を呪い、『疫病』が彼に振りかかることを望むために、プロスペローが教えたその言葉(今日ではそれ以外ない)を使う以外にキャリバンに何ができるというのか?われわれの文化的状況、われわれの現実にかんしてこれよりも的確なメタファーを私は知らない。(p.14)[太字は岩村]

「われわれの象徴」が「キャリバン」であることは、「われわれ」が「メスティソ」であるがゆえに「明確に理解できる」という。しかし引用部分からは、祖先を殺され、奴隷にされ、言葉を教えられ、そこから逆に教えられた言葉を使って相手を呪うわれわれ「キャリバン」と、「われわれメスティソ」が何故に「明確」な関係を結んでいるのか示されてはいない。では、そもそも「メスティソ」はいかなるものとして想定されているのだろうか。そしてそれは「キャリバニズム」の戦略とどのように結び付けられているのだろうか。

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3 われら“メスティソ”

 植民地化の実践に強調点を置き、植民者による『ネイティヴ』の搾取に分析上の焦点を当てるものとして『コロニアリズム』の語を設定するならば、『発見』後、独立後のアメリカ社会を生んだ複雑な政治的、文化的過程を説明するためには使い勝手のある概念とはいえないはずである。しかし歴史のナラティヴおいて『発見』後のアメリカの経験を定義するのに、『コロニアリズム』の語は依然として使われているとして、クロール・デ・アルバはそれを問題化している。そもそもコロニアリティの歴史は「植民側」「被植民側」という敵対する二つの文化の衝突として表現しきれるものではなく、コロニアリズムがあるところにはどこにでも『ハイブリッド』『利敵協力者』『仲裁者』(Klor de Alva: 248)といったものが存在する。そのため、ラテンアメリカにおけるハイブリディティとしての「メスティサヘ」の語は、異なる時間、場所での様々なプロセスや状態を表しているだけでなく、国民主体が語られる場において概念として用いられる場合には、常に政治的な意図が働き、多義的な位置を占めてきた。

 フェルナンデス=レタマールの「われわれメスティソ」には、文脈によって二つの異なる意味づけを見ることができる。一つには、「メスティソ」はすでに達成されているものとして扱われ、そうした現実が前提化される。「北アメリカのブルジョアの政策を自らの国に適用しようとした人物」サルミエントと、「被搾取側の良心的スポークスマン」マルティを「階級の対立」として位置づけた後、「共通の主義は被搾取側の人間とともにつくられなくてはならない」というマルティの言葉を引き受けて言う。

征服の始めから、インディオと黒人は社会の最下層に退けられたため、被搾取側の人間による共通の主義を作ることは、インディオと黒人とともに共通の主義を作ることと同義となった。それらのインディオ、黒人は、自分たち同士、そして白人たちと混血しあい、われわれのアメリカの源たる『メスティソ』を生み出すこととなった。マルティによれば、そこでは『オーセンティックなメスティソがエキゾティックなクリオージョを征服した』のだ。(p.27)[太字は岩村]

こうした点からロブ・ニクソンは、カリブとアフリカの『テンペスト』読解において、フェルナンデス=レタマールの『キャリバン』は「階級」こそを決定項としているとする。曰く、「ムラートが主である社会出身のフェルナンデス=レタマールは、直感的に、“われわれのアメリカ”を文化的にも民族的にも混ざりあった“メスティサヘ”として定義している。従ってプロスペローとキャリバンの対立は、人種関係よりも階級関係において起こることとなる。(…)フェルナンデス=レタマールにとってアリエルbキャリバンの分裂も、階級のそれである。」(Nixon: 576)。たしかにメスティサヘを前提とすることによって、階級は語られる。しかしフェルナンデス=レタマールは、「階級」の関係と対立そのものよりも、「階級」が決定項となるその前の動き、すなわち、メスティソ化がどのようなものとして起こったのかについての説明を繰り返し行っている。メスティサヘは、「文化的にも民族的にも混ざりあった」ものとしてのみ説明されているのではない。むしろその「混ざりあう」現象は、必ず、誰が「混ざりあう」のか、主語によって強い限定を受けている。すなわち、「メスティソ」はまずもって「黒人」「インディオ」が「中心」の「混血」化として想定されているのである。「われわれ」は、「決して奴隷制主張者の子孫ではなく、マンビーの子孫であり、蜂起した黒人、逃亡奴隷、独立派の子孫である」(p.16)とした上でのメスティソなのである。「インディオ」「黒人」の「被搾取側の人間」と「ともに」共通の主義が作られるという語りにおいて、「メスティソ」という語は、生物学的な、もしくは発生論的なメタファーの力によって抵抗の主体を構成している。「黒人」や「インディオ」を抵抗の主体に立てずに、植民地主義的二項対立の図式を保護するエスノセントリスムを回避しているかのようなフェルナンデス=レタマールの「メスティサヘ」は、「人種」概念に寄り掛かった思考の内部にあるといえる。

 こうして「われわれ」は「メスティソ」として発生論的に同定されるが、「文化」の語りにおいて一方でそれは生まれ出たものではなく、達成途中の継続する運動の中にあるものとして表現される。これが第二の特徴である。

征服者、クリオージョの独裁者、そして帝国主義者とその書記たちの企ての前で、歴史的、人類学的な幅広い意味で、われわれの真の文化は確立しつつある。ボリーバルとアルティガスが導いた、インディオと黒人とヨーロッパ人の末裔がなす、メスティソの民衆によって懐胎された文化。被搾取階級の文化、ホセ・マルティの急進派プチ・ブルの文化、エミリアーノ・サパータの貧農の文化、ルイス・エミリオ・レカバレンとヘスス・メネンデスの労働者階級の文化。62年の第二ハバナ宣言における『インディオ、小作農夫、被搾取側の労働者による飢えた大衆』の文化、そして『我らが受難の地ラテンアメリカ諸国にたくさんいる正直で才気ある知識人たち』の文化。『二億人が兄弟となった家族』がなす民衆の文化は『動き始めた』。その文化は、活発でなにより夜明けの段階にいる文化として、進行中である。(pp.36-37.)[太字は岩村]

「メスティソの民衆によって懐胎された文化」を含めた「われわれの真の文化」は、「歴史的、人類学的に」「確立しつつ」ありながら、「夜明け前の段階」で「進行中」である。ここでも「インディオ」「黒人」「ヨーロッパ人」「被搾取階級」「急進派プチ・ブル」「貧農」など、個々の要素は前もって選択され、融合するイメージが提示されているが、「われわれの文化」は先送りされ続ける到達点となっている。これは単なる未来志向的な考えではない。フェルナンデス=レタマールの提供するこのビジョンによって、「革命家」と「救われぬ大衆」という構図は維持、強化され、提供者の存在意義は保障されているのだ。以下はフィデル・カストロの1967年『未来のラテンアメリカ連帯機構(OLAS)』の言葉である。

OLASは明日の歴史の解説者、未来の解説者である。なぜならOLASは未来の波(ola)、2億5千万人の大陸へと広がってゆく革命の波動(olas)のシンボルであるからだ。この大陸は革命を宿している。遅かれ早かれそれは生まれるだろう。その誕生は多かれ少なかれ困難なものになるだろうが、避けられないものなのである。(Colas: 389)

ラカン派の分析者サンティアーゴ・コラースはこれを「フェティッシュ化される結末としての未来」と言い表している。

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4 おわりに

 「ヨーロッパのコピー」として見られる原因である「植民者の言語」を使って、「悪口を言い返す」戦略、「キャリバン」という他者表層を自称して、反語的にそれをなぞる戦略。そして、「われわれ」が作られる「歴史的」現象としての、「黒人」「インディオ」を中心として発生した(する)「メスティソ」化。二つの間の必然的関係は見いだせないが、それらは等号で結ばれている。「メスティソ」ではない「キャリバン」として、「黒人」や「インディオ」を考えることは可能に思えるし、むしろ、キャリバンがおかれている情況をコロニアリズムによって「植民者の言葉を教えられ」る「被植民者」とするならば、より合致するのは「黒人」や「インディオ」であろう。しかし、これはフェルナンデス=レタマールの選択とはならなかった。「黒人」や「インディオ」という「人種」的、「民族」的な形象を抵抗の主体として立てることの問題性を意識しているからではない。「キャリバン」が、「ラテンアメリカ」や「カリブ」や「キューバ」を指し示し、その象徴であるためには、「メスティソ」でなくてはならないのである。メスティソに自己同一化し、「混血化」を現在までの、そして未来に向けての自然化された現象として語ることによって、例えば奴隷反乱などの「抵抗」は、「被搾取側の人間による共通の主義を作る」過程に編入する以外は沈黙させられるであろう。19世紀のラテンアメリカ諸国で「メスティサヘ」の語が国民主体の構築において果たした役割の一つは、文化的、生物学的「同化」による国家建設の神話の作成と、「インディヘナの植民化状況について国家的記憶喪失を推し進め、民族主義の意識を緩和させる」ことであったとクロール・デ・アルバは述べている(Klor de Alva: 255)。こうしたこととフェルナンデス=レタマールの論との近似性を無視してはならないであろう。

 しかしキャリバニズムは、「メスティソ」という自己の形象に依存する以前に、「コピー文化」たる言語を使いながら、あえて他者からの命名を引き受ける、すなわち自己が作られている機制を深く認識したものとしてあった。

プロスペローは、われわれがよく知るように、言葉をキャリバンに教え、その結果彼に名を与えた。しかしこれは彼のほんとうの名前だろうか?[カストロの]1971年の演説を見てみよう。

『いまだ、まったき意味で、われわれには一つの名前すらない。いまだに名前がなく、われわれは洗礼を施されていないも同然だ。ラテンアメリカ人であろうと、イベロアメリカ人であろうと、インドアメリカ人であろうとだ。帝国主義者たちにとってわれわれは軽蔑された人民であり、軽蔑に値する人民だ。少なくともかつてはそうであった。ヒロン[ピッグス湾]以降、彼らは少々異なって考えるようになった。人種による軽蔑だ。クリオージョであること、メスティソであること、黒人であること、単にラテンアメリカ人であることは、彼等にとって軽蔑の対象なのだ。』(p.16)

フェルナンデス=レタマールの思考はここから新たに自己を形象化することに振り向けられているようであるが、一旦は名の「喪失」について問題化されているのである。そして、「キャリバン」に象徴される、コロニアリズムによる「名指し」の暴力は、名指しかえすことによって抵抗することなどできないという問題機制であることを確認しておきたい。フェルナンデス=レタマールが名を挙げて非難するものは、「ヨーロッパ」、「米帝」という漠然とした対象であって、この名としての非難対象の不在こそが、「名指す」側を「言葉」すなわち「常識」として透明に設定するコロニアリズムを物語っているとは言えないであろうか。だからこそ、敵であるところの「他者」を表象することではなくして、「キャリバン」を自称するわけであり、抵抗の契機もそこにあったのである。

 この点でのフェルナンデス=レタマールの問題設定は、エウヘニオ・マティバグによるウィルソン・ハリスやガルシア・ラミスなどカリブ海のテクストの読解において継承されている。反乱する主体の典型としての「カリブ族」や「食人族」の形象を、自らの「源」として探求し、反語的になぞり、その「回復不可能な喪失」を問題化するナラティヴにマティバグは注目する(Matibag: 35)。そこでは、「プロスペローの神話を、彼の秘密を貪り食い、巻き込み、取り入れることにより論破し、集団の記憶と被支配の他者に声を与えることによって、言語を新たに洗礼しなおす」(Matibag: 34)作業が行われているとして、それを“カニバリズム”と名づけ、新たな可能性を見いだしている。

文献

Fernandez Retamar, Roberto. "Caliban: Notes Toward a Discussion of Culture in Our America," Caliban and Other Essays, (trans.) Edward Baker (Minneapolis: University of Minnesota Press, 1994), pp.3-45.

なお、本文中の訳においてはCaliban: Apuntes sobre la cultura de nuestra America (Mexico: Editorial Diogenes, 1974) [1971].を参照したが、頁番号は英語版のものである。

Colas, Santiago. ''Of Creole Symptoms, Cuban Fantasies, and Other Latin American Postcolonial Ideologies,'' PMLA. Publication of the Modern Language Association, vol. 110, no.3 (1995), pp.382-396.

Fuentes, Carlos. 木村榮一訳『アルテミオ・クルスの死』(新潮社、1985年)

Gonzalez Echevarria, Roberto. ''The Humanities and Cuban Studies, 1959-1989,'' in Damian J. Fernandez ed., Cuban Studies Since The Revolution (Gainesville: Univ. Press of Florida,1992), pp.199-215.

Hulme, Peter. 岩尾龍太郎 正木恒夫 本橋哲也訳『征服の修辞学 ヨーロッパとカリブ海先住民、1492-1797年』(法政大学出版局、1995年)

−−−岩尾龍太郎訳「奇妙な魚 ポストコロニアル批評とキャリバン像」『現代思想』(1996年3月号)

Klor de Alva, J.Jorge. "The postcolonization of the (Latin) American Experience: A Reconsideration of "Colonialism," "Postcolonialism,"and "Mestizaje", in Gyan Prakash ed., After Colonialism-Imperial Histories and Postcolonial Displacement (Princeton: Princeton University Press, 1995), pp.241-275.

Matibag, Eugenio D. "Self-consuming Fictions: The Dialectics of Cannibalism in Modern Caribbean Narratives," Postmodern Culture, vol.1 no.3 (1991).

Nixon, Rob. "Caribbean and African Appropriations of The Tempest," Critical Inquiry, vol.13 (1987), pp.557-578.

Padilla, Heberto. Self-Portrait of The Other, (trans.) Alexander Coleman (New York: Farrar, Straus and Giroux, Inc., 1990).

Shakespeare, William.小田島雄志訳 『テンペスト』(白水社、1994年)


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