脱領域ワークショップ 「歴史の中の『テンペスト』」

正木 恒夫

弱くなったプロスペロー ―― 『魔法の島』の性と政治学

John Dryden, The Enchanted Island, 1670を読む

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 およそシェイクスピアの『テンペスト』ほど歴史によって収奪されてきたテクストも珍しい。17世紀末から18世紀初頭にかけて初演された7種類の改作に始まって20世紀末カリブ海の小説やハリウッド映画『禁断の惑星』(1956)まで、それはさまざまに変形され、解体され、再利用されてきた。上演史そのものが各時代による収奪の歴史にならざるをえないのはあらゆる劇作品の宿命だが、『テンペスト』はそれに加えて、テクストそのものに対して行使された暴力の歴史を持っている。

 『テンペストあるいは魔法の島』(The Tempest, or the Enchanted Island

はこの歴史の第1ページにほかならない。ウィリアム・ダヴナント(William Davenant)の発案にもとづきジョン・ドライデン(John Dryden)が執筆した『テンペスト』最初の改作である。1667年初演。王政復古期の支配層からなる観客の支持を得て再演を重ねた。例の赤裸々な『日記』で名高いサミュエル・ピープス(Samuel Pepys)はこれを少なくとも8回見ている。以後実に172年もの間、イギリスの観客が劇場で見ることができたのはこの改作またはその亜流で、シェイクスピアの『テンペスト』ではなかった。およそシェイクスピアの作品で改作の暴力にさらされなかったものはほとんどないが、『テンペスト』の改作はその長命において群を抜いており、観客をシェイクスピアの原作から遠ざけたという点で、イギリス演劇史上まれに見るスキャンダルとさえ言うことができよう。 劇作品としての『魔法の島』については、原作の「歪曲(a perversion)」(OxfordCompanion to the Theatre)にすぎないのか、それとも原作を「巧みに生かした書き換え(a perceptive adaptation)」(Oxford Companion to English Literature)と言ってよいのか、同じオックスフォード系の辞典でも評価が分かれているのが興味深いが、小論の目的はもちろんその当否を論ずることにあるのではない。私はここで『魔法の島』をシェイクスピア上演史という通常の文脈から取り出して、例えばエメ・セゼールのポストコロニアル的改作『あるひとつのテンペスト』(1969)を読むのと同じ方法で読んでみようと思う。つまり私がここで提示しようとするのは、『魔法の島』の歴史的読解の一例である。そこには例えばエメ・セゼールのネグリチュードに対応するものとして、王政復古期イギリスの政治的保守主義と性的自由主義が浮かび上がってくるはずである。

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 『魔法の島』は初演の2年後、1669年に刊行されている。ドライデンが寄せた序文によると、ダヴナントが『テンペスト』から取り出して再利用をはかったのは、「嵐・無人島・男を知らぬ女」の3要素であった。だがこれには既に先例があった。一世代前の劇作家フレッチャー(John Fletcher)とマシンジャー(Philip Massinger)の合作になる『航海』(The Sea Voyage)である。この作品が初演されたのは1620年代のことらしいが、復古期に再演され、前記ピープスもこれを見ている。ドライデンも指摘するとおり『航海』は明らかに『テンペスト』を下敷きにしていて、ダヴナントの3要素を網羅した作品である。そこでダヴナントは新趣向として「女を知らぬ男」という第4の要素を加えることにした。「男を知らぬ女」とはミランダであり、「女を知らぬ男」とは新たに考案されたヒポリトー(Hippolito)なる人物である。ダヴナントはさらに船乗りの登場する場面を拡大すると同時に、原作の道化から水夫長に昇格したトリンキュロー(『魔法の島』ではTrincalo)の結婚相手としてキャリバンの妹シコラックスを捏造することにした。ダヴナントはこうした男女の組み合わせの並列を好んだようで、ヒポリトーの相手にはもう一人の「男を知らぬ女」ドリンダ(Dorinda)を、ミランダの妹として配している。 こうした基本構想に沿ってドライデンが執筆した『魔法の島』は、シェイクスピアの『テンペスト』からせりふの3分の1弱と、嵐に始まり本土への帰還をもって終わるプロットの骨格を借用しつつ、大幅な補筆・改変を加えて成立した作品である。改作の実態をまずは具体的に見ておこう。(なお『魔法の島』のテクストにはMaximillian Novak

and George Guffey, (eds.) The Works of John Dryden, X, Berkeley:

California UP,1970.を用いた。)

2−1 人物

 新たに加えられた人物については既に述べた。削除された人物の中で重要なのはアロンゾー(改作ではAlonzo)の弟セバスティアンであろう。なぜなら彼の不在はプロスペローの弟アントーニオーと組んだ政治的陰謀の消滅につながるからである。原作とは異なり改作では、本土で演じられた政変劇が島で再演されることはない。

2−2 せりふ

 上にも述べたように改作は原作からせりふの3分の1足らずを(修正しつつ)借用しているが、その4割以上は1幕2場に見られる。つまり改作が原作に最も近いのが1幕2場ということになる。但し原作で374行に及ぶせりふのうち98行が削除されている。注意を引くのは削除が場面の前半、すなわちプロスペローがミランダに過去を語って聞かせる部分に集中していて、キャリバンがこの2人と対決する後半ではほとんど削除が行われていないことである。これは少なくともキャリバン登場の場面において、その表象およびプロスペローとの関係に変更を加える必要が改作者にはなかったことを意味するだろう。これとは別に重要なのは"Abhor'd Slave!"で始まるキャリバン糾弾のせりふをミランダからプロスペローに移したことで、これは以後多くの校訂者が従うところとなった。この改変はポストコロニアル的な問題意識からすると、ミランダの二面性(植民地的支配者・性的被支配者)の隠蔽という重大な意味を持つはずだが、改作者の意図は単に「男を知らぬ女」の純真無垢なイメージの徹底をはかることにあったのかもしれない。

 一方削除されたせりふの中で注意を引くのは、原作2幕1場、ゴンザーローによるユートピア論と、2幕2場、トリンキュローの"a dead Indian"への言及、および3幕3場、イタリア貴族たちが口走る旅行記の断片である。これらの削除はとりあえず改作における新世界表象の後退と捉えることができる。但しこれにはいずれ若干の留保が必要になるはずである。

2−3 場面

 シェイクスピアの『テンペスト』はエピローグを除くと全部で9つの場面から成り立っている。これに対して『魔法の島』は18の場面を持つ。このうち原作が多かれ少なかれ利用されているのが9つだから、残る2分の1は改作者の創意に基づくことになる。これら9場面のうち4つは「男を知らぬ女」ドリンダと「女を知らぬ男」ヒポリトーにかかわる場面、2つは船乗りたちとキャリバン=シコラックス兄妹にかかわる場面である。いずれも改作の性的・政治的立場を表す重要な場面だが、その意味については後述する。改作で完全に姿を消しているのは原作の3幕1場と2場である。3幕1場ではファーディナンドがプロスペローから与えられた罰として薪を運んでおり、2場ではキャリバンが泥酔したステファノーとトリンキュローに向かって、島をプロスペローから奪回するためのクーデターに加わるように説得している。これら2つの場面の不在もまた作品の性的・政治的意味に重要な変化をもたらすことになるだろう。

2−4 状況

 ポストコロニアル的論評が競って取り上げたアロンゾーの娘クラリベルのチュニス王との結婚が、改作ではポルトガルにおけるレコンキスタへの軍事介入とすりかえられている。アロンゾー率いる船隊が凱旋の帰路に嵐と遭遇するというのが改作の設定である。ポルトガルのレコンキスタは13世紀中葉に完成しているから、これは相当なアナクロニズムと言わねばならないが、無理を承知でこの設定を選んだのは初演当時のポルトガルのイギリスに対する特別な政治関係(半従属的同盟関係)に配慮したために違いない。(同時代の他の劇作品にもその例がある。)だがこの変更は同時に原作の性的意味論から人種的要素("loose her to an African"―, i)を排除して単純化する役割をも担っている。原作にみられた他者(アフリカ人)との結合による混血の可能性が、改作では他者(ムーア人)の駆逐によるヨーロッパの浄化へと反転するのである。この変更はまた地政学的パラダイムの組み替えにもつながっていく。なぜなら原作ではチュニス=カルタゴの連想から初期近代と古典古代、ヨーロッパと北アフリカを結ぶ濃密な地中海世界が喚起され、それが新世界と重ね合わされていたのに、改作ではアロンゾーの船隊はイタリアとポルトガルの間を往復するだけで単一の政治空間を完成してしまう。終幕近く、エアリアルがヒポリトーの命を救うための秘薬を求めて飛翔する空間は、地中海を遠く離れて伝説上の西方の島ヘスペリディーズから十字軍の目的地パレスチナに及び、最後はイギリス諸島に戻ってその円環を閉じている。

2−5 人物関係

 新たに追加された人物の関係については後に譲ることにして、2人の簒奪者アロンゾー、アントーニオーとプロスペローとの関係にふれておく。改作ではこの2人は共謀してプロスペローを追放したばかりかヒポリトーからマントヴァ公国の継承権をも奪ったことになっており、原作以上に重い罪を背負っている。だが彼らは2人とも登場の瞬間から改悛の情が顕著で、原作ではセバスティアンに謀反を唆すアントーニオーですら、孤島への漂着を自らの罪がもたらした当然の罰と受け止めている様子である。(II, i, 21-25)そこでプロスペローには彼らを悔悟に導くための厳しい試練を準備する必要はなく、罪業の数々をコーラスにして聞かせたうえで、「高慢」「虚偽」「強欲」などのアレゴリカルな行列を見せるだけでよい。飢えにさいなまれる貴族たちに豊かな食料の幻影を見せるという原作のサディズムはここにはなじまない。改作のプロスペローはエアリアルに対して、「必要な食べ物を与えて飢え疲れた体を癒し、余興と陽気な音楽で心を慰めてやれ」と命ずるのである。(III, ii, 180-183)簒奪者の早々とした改悛は、プロスペローの魔術という強権の行使を不必要にする。いったいにプロスペローによる権力の誇示が影を潜めているのが改作の特徴だが、その背後で原作ではドラマの推進力になっていた人物関係に決定的な変化が生じていることを見逃すわけにはいかない。

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 『魔法の島』における改作の意味を明らかにする作業は、近年とみに断片化の著しい『テンペスト』の全体像を回復することから始まらねばならない。『テンペスト』はその本質において政治劇である。それはシェイクスピアが歴史劇から悲劇を通じて取り上げてきた権力にまつわる政治悪の問題に、最終的な解決を与えようとするものであった。プロスペローの島はこの未聞の実験を行うために仮構された劇空間であり、そこで行使される権力は物理的暴力とは異質の魔術である。本土で演じられた政変劇のアントーニオー=セバスティアンによる再演は実験の重要な一部であって、シェイクスピアはさらにキャリバンによる反乱という副筋を設けることによって実験の複雑化をはかる。解かねばならぬ問題が多いほど、それを解く力(プロスペローの魔術または『テンペスト』というドラマ)の大きさが証明できるからである。ポストコロニアリズムがプロスペローの島を一元的に植民地的空間として同定するまでは、これが『テンペスト』理解の常識であった。

 こうしたシェイクスピアの政治的問題意識は、『魔法の島』からは完全に抜け落ちている。シェイクスピアのそれは言うなれば薔薇戦争的な権力観であって、民衆の蜂起すなわち内乱(civil war)と、それに続く階級間の力関係による権力の移行を目のあたりにした世代にとって、それはもはや格別の興味をそそるものではなかったに違いない。その結果『魔法の島』における改作は原作の非政治化を第1の特徴とすることになった。この改作はよく言われるような趣向や舞台効果といった表層における書き換えにとどまるものではなく、シェイクスピアの『テンペスト』を根底から脱構築するきわめて破壊的な書き換えであることをまずは確認しておかなくてはならない。

 脱構築の最初の兆候は前節(2−1)でも指摘しておいたように、セバスティアンの不在という形をとって現れる。その結果政変劇の再演は主筋から脱落し、副筋の中にその形骸を辛うじてとどめているにすぎない。主筋の政治劇を失った副筋のそれはもはや主筋のパロディーではありえないから、パロディーの対象を劇の外に、すなわち最近破局を迎えたばかりの共和国("Commonwealth"―, iii, 132)に求めることになった。『魔法の島』で拡大された船乗りたちの場面(3場550行)は民衆の政治参加("Government"

"Civil-War" "Alliance"等々)を徹底的に茶化したどたばた喜劇であって、結局は酔漢の乱闘で終わってしまう。それはもはやシェイクスピアのキャリバンが執拗に追求した領土奪還のためのクーデターですらなく(2−3参照)、主筋とは「男を知らぬ女」のパロディー、シコラックスを通じてわずかにつながっているにすぎない。『テンペスト』4幕1場でプロスペローに一瞬の動揺を与えマスクを中断させたキャリバンの反乱は、このような茶番とは無縁である。『魔法の島』では"my Slave"キャリバンと妹のシコラックスはどうしているかというプロスペローの問いに、エアリアルは「お手元を離れ難破した船乗りどもと組んで謀反を起こし、ご領地を分配して群雄割拠いたしております」と答えるが、プロスペローは「かまわぬ、奴らにもはや用はない」と言ってのける。(3幕1場191−197行)簒奪の罪を早々と悔いてしまった貴族たちに対してと同様、ここでもプロスペローに魔術という権力を発動する余地はない。魔法の島はどう見ても権力政治の実験室ではなくなってしまったのである。

 となるとこの島で行われるべき実験の課題は1つしかありえない。それは「男を知らぬ女」が男と、また「女を知らぬ男」が女と出会えば何が起こるかを観察することである。プロスペローは「男を知らぬ女」ミランダ=ドリンダと「女を知らぬ男」ヒポリトーを(15年間!)隔離することによって、性的無菌状態を島に作り出したうえで、ファーディナンドの漂着を待ってこれら2組の男女の出会いを慎重に準備し、促進し、制御する。『テンペスト』で政治的葛藤の平和的解決に費やされたプロスペローの精力は、『魔法の島』ではそのほとんどがこの「出会い」の操作に向けられていると言っても過言ではない。 プロスペローがここで採用する実験法の特徴は、異性に対する欲求を抑圧しつつ刺激し、刺激しつつ抑圧するあくどさにある。彼はまず男女双方に相手の「危険」を説いてからひそかに出会わせ、反応をしつこく探る。さらに厳しく戒めたうえで再び出会わせ‥‥‥という過程を繰り返すうちに予定どおり2組の男女(ファーディナンドとミランダ、ヒポリトーとドリンダ)は恋に落ちる。この一部始終をたどる必要はあるまい。ただ実験の最終段階で予想外の事態が発生する。文明から隔離して育てられた「自然人」ヒポリトーは、一夫一婦制の規範意識を植え付けられていないため、無差別な異性愛を制御することができない。その結果ミランダをめぐる争いからファーディナンドとの決闘に追い込まれ、瀕死の重傷を負ってしまう。ある不吉な予感からヒポリトーを女性と出会わせるのをためらっていたプロスペローも、この展開を予測することができず、怒りに駆られてファーディナンドの処刑を決意する。(刑の執行人にキャリバンを指定するというおまけまでついている。)危機処理能力を失ってうろたえるプロスペローを尻目に、前述のとおり(2−4)エアリアルが秘薬を持って登場、危機は回避され、またこの災難を一種の通過儀礼としてヒポリトーの無差別な異性愛も一夫一婦制の社会規範の中に回収されて大団円となる。

  こうした実験の経過から、我々はいくつかの特徴を取り出すことができる。第1は結婚の非政治化である。『テンペスト』におけるファーディナンドとミランダとの結婚は政治的実験の一部として厳密に位置づけられていたから、目的はナポリ王国とミラノ公国の統合であって性的融和は言わばその系にすぎない。だが『魔法の島』では実験内容が変質してしまった以上、目的と系の関係が逆転し性的結合そのものが前景化される。その結果第2の特徴として性愛が露骨に、かつ扇情的に語られることになる。15年間に及ぶ異性からの隔離が性的刺激の高揚を保証しているし(最初の出会いの後のそれぞれの反応―,iv; , v)、他方では性的無知が巧まずしてきわどいせりふを連発させる(例えばヒポリトーの5幕2場におけるせりふ―"How can he [the Priest] make us one, shall I grow to her?"; "Pray teach me quickly how Men and Women in your World make love . . . .")。『テンペスト』にこの種のせりふが皆無であることは言うまでもない。いやそれだけではなく、既に多くの評者が指摘してきたように、『テンペスト』では結婚の前提としての純潔が偏執的と言えるほどの厳格さをもって要求されていた。それを破ることからどのように恐ろしい災厄が結婚生活を襲うことになるかを説いたプロスペローの脅迫に近いせりふ(4幕1場15行以下)と、それに続くマスクを見れば、そこでは性がひとつの快楽というより血統の存続を保証する繁殖の手段として捉えられていることが分かる。『魔法の島』のプロスペローも純潔を勧める点では同じだが、彼が求める"innocence"は「愛を育てる最も肥沃な土壌」(。, i, 42)なのであって、後にドリンダが"reservedness"と言い換えている(「 i, 196)ことからも分かるように、それは禁止事項というよりむしろ男性を惹きつけるための手段に近い。現にプロスペローは別のところで女衒よろしく、ドリンダに男心を引き留めるこつを教えている。(3幕1場142行)このように性の自己目的化を徹底したのが『魔法の島』であり、これを『テンペスト』とは異なる第3の特徴として指摘することができよう。

 このように見てくると、『魔法の島』における改作の基本戦略が政治主題の矮小化と恋愛主題の前景化にあることが分かる。改作者たちにこの戦略を選ばせたのは言うまでもなく王政復古期の観客意識、つまりは政治と性をめぐるイデオロギーであった。このイデオロギーの特徴を要約するなら、国家においては王権をめぐる神話の消滅、家族においては父権の後退および結婚と家庭生活における個人の意志の尊重ということになろう。王権神授説→国王→国民=家長→家族成員という17世紀前半の国家・家族モデルが、世紀の後半になって一挙に崩壊したわけではあるまい。だがロレンス・ストーン(Lawrence Stone)の言う「感情生活における個人主義(affective individualism)」の時代は、確実に到来しつつあった。(The Family, Sex and Marriage in England 1500-1800, Harmondsworth: Penguin Books, 1985, pt. IV, ch. 6.)ストーンによれば革命期にみられたピューリタン的な家父長制強化の反動として、王政復古期にはとりわけ性的自由主義が顕著であったと言う。(同書152ページ)極論すれば「ロミオとジュリエットが言いそうなことを彼らの親たちが言いはじめたのである」。(166ページ)

 『魔法の島』の中でこうした変化を端的に表しているのは、プロスペローによる権力(魔術)行使の著しい制限である。例えば絶対的支配力の証明として原作ではファーディナンドやキャリバンや、さらにはイタリア貴族たちに課されていた罰が、いずれも軽減されるかまたは見送られている(2−3;2−5参照)。それに島を監視するプロスペローの目には死角が少なからずあって、ファーディナンドとヒポリトーの決闘とその帰趨を予見することができない。(しかも危機を処理するのがプロスペローではなくエアリアルであることは既に述べた。)プロスペローはまたしばしば自分の術(Art)を統べる力として「天意(Decrees above; the will of Heaven; the Ministers of Heaven)」を口にする。この見方からすればヒポリトーの負傷は魔術の失敗というより天の意志である。ここには『テンペスト』(例えば5幕1場33行以下)におけるプロスペローの涜神的とも見える(したがって敬虔な欧米の評者を悩ませてきた)自らの全能に対する信念は見られない。また『魔法の島』のプロスペローは王を神にではなく、神を王になぞらえる。(5幕1場92行以下)その王は王権神授説によって聖性を付与された絶対君主というよりはむしろ法の執行者に近く、臣下すなわちプロスペローは王の裁定を実行に移す官僚に酷似してくる。革命後のイングランドにはもはや、シェイクスピアのプロスペローが呼吸すべき空気はなかったのである。『テンペスト』がダヴナント=ドライデンの改作以外に舞台で生き延びる道がなかったのは主としてイデオロギーの問題であって、それを単なる趣味の変化や舞台効果の追求に矮小化してはなるまい。

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 最後に『魔法の島』を取り巻く一群のテクストにふれておこう。それは次の8つである。

 1) John Fletcher, The Island Princess (1621)

 2) John Fletcher and Philip Massinger, The Sea Voyage (1622)

 3) Andrew Marvell, Bermudas (1655)

 4) Samuel Pepys, The Diary (1660-69)

 5) John Dryden, The Indian Queen (1664)

 6) John Dryden, The Indian Emperor (1665)

 7) Henry Neville, The Isle of Pines (1668)

 8) Aphra Behn, Oroonoko (1688)

これらのテクストは2つのグループに分けることができる。1)、2)、3)、7)と5)、6)、8)である。そして2つのグループは4)の中でつながっている。具体的に説明すると次のようになる。

 フレッチャーによる2つの戯曲(『島の王女』と『航海』)、マーヴェルの名高い叙情詩「バーミューダ諸島」、それに『魔法の島』の翌年に出版されたネヴィルの『パイン一族の島』からなる第1のグループは「島」のトポスを共有する。このトポスの生成にはヴァージニア植民地救援船隊のバーミューダ島漂着(1609年)が関与していて、シェイクスピアの『テンペスト』もそれに根ざしているらしいことは常識になっている。マーヴェルの作品はこの島を楽園として美化した数多くの詩の1つにすぎない。注意を引くのは島のトポスが性愛の探求と結び付いていることで、フレッチャーの恋愛悲喜劇は言うまでもなく、『パイン一族の島』も位置は南海の孤島に移動しているものの、そこに漂着した1人の男性と4人の女性が営む性生活と繁殖活動をあっけらかんと語っている。一方島のトポスはマーヴェルが代表するように新世界との関連が深く、『島の王女』には"India"という場所の指定があるし(当時「インド」は東西の区別なく用いられることが多かった)、『航海』には接触したアマゾンたちから生活様式を学んだという漂着ヨーロッパ女性の集団が登場する。『魔法の島』にしても『テンペスト』の新世界表象を削除する一方で、食人種・プランテーション(2幕3場)・近親婚(4幕2場)などへの言及が追加されているから、フレッチャーの2作品同様17世紀ヨーロッパにおける新世界言説の周辺に位置づけることができよう。

 その新世界を舞台にしたのが第2のグループ、すなわちドライデン自身の2作品(『インディアンの女王』『インディアン皇帝』)とアフラ・ベーンの『オルノーコー』である。『オルノーコー』の語り手は物語の冒頭で、スリナムから持ち帰った先住民の装身具を『インディアンの女王』上演の際劇場に貸し与えたと述べている。『インディアンの女王』は『インディアン皇帝』と並んでスペイン領中南米を舞台に展開される英雄悲劇である。そこではインカやアステカの貴族がほとんどヨーロッパ人のように描かれていて、一見アメリカを舞台にする必然性に乏しいのだが、モンテーニュやラス・カサスの読者であったドライデンは、いわゆる「黒い伝説」に加担してスペイン人征服者を糾弾している。ドライデンはまた『インディアン皇帝』の中で「キャリバン」という名をアステカの高僧に用いようとした形跡があり、新世界に並々ならぬ関心と知識を持っていたと考えるのが自然であろう。

 さてこれら2つのテクスト群をつなぐのが、ピープスの『日記』である。海軍省の実力派官僚であったピープスは『魔法の島』初演の年を含む10年間、スキャンダラスな日記を書き続けた。彼は『魔法の島』を8回見ているだけではなく、フレッチャーの『島の王女』と『航海』を各3回、ドライデンの『インディアン皇帝』を4回見ている。合計4つのテクストが当時の平均的な芝居好きであったに違いないピープスの中で出会ったのである。残念ながらピープスは個々の作品について抽象的または断片的な印象以外にほとんど何も語ってはいない。だが重要なのは『魔法の島』(ピープスにとってそれは『テンペスト』以外の何物でもなかった)が彼の記録を通じて、一連のテクストのネットワークに組み込まれたことであろう。なぜならこのネットワークの中に置かれたとき、『魔法の島』はシェイクスピア作品の「歪曲」では片付かない歴史的な意味を主張しはじめるからである。小論は『魔法の島』を『テンペスト』の改作・上演史の中に閉じ込めてきた従来の研究にとらわれず、それを歴史的文脈の中で捉えなおそうとする試みであった。


 (本稿は1998年10月25日、東京都立大学において開かれたワークショップ、「歴史の中の『テンペスト』」に提出されたものである。)


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