TWICE TOLD TALES

Book Review Archive

若島正


1 John Blackburn, Bury Him Darkly, 1969


墓が殺す


 洋書で海外小説を読みだしたころに、まず熱中したのがペーパーバック集めだった。趣味で読むだけなら、なにもわざわざハードカヴァーを買う必要はないので、なにしろ値段の安いペーパーバックを古本屋で買い漁った。米軍基地のお流れのポケットブックもかなり手に入れた。買い出しと称して、一年に数回はリュックサックをかついで神田の古本屋街に出かけた。本棚があふれてくると、十分の一程度を古本屋に売り払い、また新しいものを買い足すことを繰り返した。小説を読むのを商売にするようになってから、ある友達の家に行ってみて驚いたことに、そこの本棚にはきれいなハードカヴァーしかなく、わたしが宝物のようにして集めていたペーパーバックのクズの山はまったく見あたらない。それ以降、わたしの本棚にも三割ほどハードカヴァーが占拠するようになったが、いまだにペーパーバックのあの安っぽい表紙と造本には捨てがたい味がある。

 そういう経験があるものだから、先頃出たリー・サーヴァーの『俺を殺してからにしろ』(Lee Server, Over My Dead Body, Chronicle Books, 1994)を読んだときには驚喜した。滝本誠氏がすでに先月号の本誌(ミステリ・マガジン)で紹介しているこの本は、一九四五年から一九五五年というアメリカのペーパーバックの表紙がもっとも安っぽく派手だった時代の作家や表紙画家たちを扱ったもので、ペーパーバックへの偏愛に満ちている。この手の書物としてはすでに小鷹信光氏の著作やスフリューデルスの『ペーパーバック大全』(晶文社)があるが、スフリューデルスの方ははっきりと画家たちの方に力点を置いているのに対して、サーヴァーの方は忘れられたペーパーバック・ライターたちへの目配りがきいていて、小説読みのわたしにとってはこちらの方がありがたい。

 そこで名前があがっている作家たちを眺めていると、なんとなく複雑な気持ちになってくる。読み捨てられていくペーパーバックとともに、そうした作家たちは誰にも論じられることなく忘れられてしまうのだ。死後に再評価されて熱狂的なファン層を獲得しているジム・トンプスンのような作家は、きわめて例外的な存在である。一人のトンプスンの陰には、数百人の作家たちが埋もれたままでいる。とりあえず、そうした作家たちを読んでみようかと、わたしは「ペーパーバックの王者」と謳われたハリー・フィッティントンの作品を、ブラック・リザードから出ている復刊本でごっそりと買い込んだ。

 こういうときには、忘れられかけている多少古い作家のものを紹介したい。そこで選んだのは、イギリスの作家ジョン・ブラックバーンである。おそらく、日本で知られているブラックバーンといえば、創元文庫で出ていた『小人たちがこわいので』『薔薇の環』『リマから来た男』の三冊だけだろう。この三冊とも長らく絶版になっていたが、まず『小人たちがこわいので』が復刊されたし、『薔薇の環』も今年中に復刊の予定と聞く。今では誰もブラックバーンのことを口にする人がいないので、どうも気になっていた作家の一人だったのだが、この機会に何冊かまとめて未訳のものを古いペーパーバックで読んでみた。そして、読んでみて驚いた。怪奇小説家として知られているブラックバーンだが、なんとその作風は、今の目で見ればきわめて強くクーンツを想起させるのだ。今回取り上げる、彼の代表作の一つとして評価の高い『暗闇に葬れ』(Bury Him Darkly, 1969) は、まさしくそのようなジャンル不明の怪作である。

 『暗闇に葬れ』の中心となる人物は、十八世紀に生きた錬金術士マーティン・レイルストーン。彼は凡庸な貴族だったが、晩年になって急にさまざまな分野の才能に目覚め、独特の詩や幻想画を残した。また彼はなにやら怪しげな目的のために娼婦を使って生体実験を繰り返していたという噂もあった。はたして偉人か、それともただの狂人だったのか。二百年近くたった今、レイルストーンの謎にとりつかれた人物たちは、それぞれの関心と思惑から、どんなことをしてでも彼の領地の納骨室に安置されている棺を暴きたてようと計画する。そのうちの一人が、あるとき単独でこっそりと納骨堂に忍び込むと、生温かい風とともに不気味な笑い声がして、必死で逃げ出したその男は結局謎の心臓発作で変死を遂げる。

 ここまではよくありそうな怪奇小説風の出だしだが、レイルストーンの末裔である赤毛の女性が現れて、棺が二百年ぶりに発掘されるあたりから小説は急展開を見せる。彼の遺品として遺骨と一緒に納められていたのは、あの伝説の聖杯であり、そこには人間を怪物にも超人にも変えうる、異星から送り込まれた種子が封印されていたのだ。ようやく封印が解かれたその種子は、人間と交わってモンスターを生み、急速に広がっていく……。

 こうして、聖杯伝説やSFの要素を取り入れながら、物語は急激に膨らんで、ジェイムズ・ハーバートの『霧』を想わせるパニック物へと転換し、残りのわずかなページで強引な決着を見るのだが、聖杯伝説に関心を寄せる若い女性歴史学者や、かつてナチの強制収容所で生体実験を行ったという噂のあるドイツ人医師など、レイルストーンに群がる人物たちを描くブラックバーンの腕はたしかだ。こういう無茶苦茶な話を書く怪奇小説家として、クーンツはすっかり大ベストセラー作家にのしあがったが、ブラックバーンの方はそれこそ暗闇に葬られている。彼の登場した時代が早すぎたということだろうか。作家たちの明暗を分けるのは、つねに運なのかもしれない。

(初出『ミステリ・マガジン』〈殺しの時間〉94/9より)
upload 97/10/26


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