TWICE TOLD TALES

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若島正


13 Charles Palliser, Betrayals, 1994


プロットの複雑さこそ


 すでに本誌読者ならご存知のとおり、去る九月に、ブリティッシュ・カウンシルの招きで、レジナルド・ヒル、マイクル・ディブディン、そしてフィリップ・カーの三人が英国から来日した。彼らは箱根・東京・京都で講演会を行い、わたしはその京都でのセミナーにコーディネーターとして参加した関係もあって、彼らと親しくつきあう機会を得た。現在構想中の小説のことなど、企業秘密に属するような話もずいぶん聞かせてもらった。いかにも英国紳士らしくユーモアたっぷりの好人物ヒル、作品同様に人物も一筋縄ではいかない感のあるディブディン、日本がすっかり気に入ったらしいカーと、まさしく三人三様だったが、とりわけわたしの印象に残ったのはいちばん若いカーだった。

 セミナーの席上でビールのグラスを片手に講演をしたりして、しばしば主催者側を手こずらせることがあったカーのふるまいや言動には、『ジキル博士とハイド氏』を書いたロバート・ルイス・スティーヴンソンと同じく、彼がスコットランドのエディンバラ出身であるという事実がどこかで影を落としているように感じられた。(カーは実は筆名であり、彼の本名は典型的なスコットランド人の名前である。)ハリウッドで成功した男が故郷のスコットランドに戻ってくるという設定の、本号に掲載されている最新中篇「暗い鏡の向こうに」の中に、そうした自伝的要素はもっとも濃厚に出ているだろう。

 スコットランドの作家といえば、この連載でも取り上げたミュリエル・スパークの他に、『蜂工場』のイアン・バンクス、『ラナーク』のアラスデア・グレイと、変なものを書く作家が妙に揃っている。スコットランド出身ではなくても、そこに関心を示す作家は、『ジキル博士とハイド氏』のフェミニズム版『ロンドンの二人の女』を書いたエマ・テナントなど、何人か挙げることができる。暗くて陰鬱なスコットランドの風土が、どうも小説家の想像力を刺激するらしいのだ。これから紹介するチャールズ・パリサーの『背信』(Betrayals, 1994)も、そういうスコットランドを舞台にした作品の一つである。

 アメリカ生まれで、現在スコットランドのグラスゴーにある大学で英文学を教えているパリサーは、『クインカンクス』(一九九〇)という大作で文壇にデビューした。十九世紀小説の体裁を取り、コリンズよりもさらに複雑なプロットというこの作品は、一〇〇〇ページを越え、しかも巻末に付けられた登場人物リストにはなんと約一五〇名の名前が挙がっているというとんでもない小説で、これを読み通すのは並大抵のことではない。ところが、第二作の『官能論者』(一九九一)はこれとうってかわってわずか一五〇ページの短さだったのだから、わたしにとってパリサーは読む前から奇妙な小説家として気になっていたのである。今度の新作『背信』は、ちょうど読みごろの三〇〇ページで、これならと手をつけてみたのだが、やはりと言うべきか、これがまた途方もなく複雑怪奇な小説だった。『クインカンクス』同様に、巻末に付けられたリストによれば、登場人物はまたしても一五〇名ほど。読み終わった今も、正しく読めたかどうかはまったく自信がない。なにしろ、いくつか書評を読んでみたのだが、同じ小説を読んでいる気がしないのだ。(ある書評者は、これを「ポスト・ポスト・ポストモダン小説」と呼んでいる。)そういうわけで、この小説のあらすじを要約することはまったく不可能である。しかし、それでは紹介にならないから、構成の輪郭だけはスケッチして、後は翻訳される時を待つことにしよう。

 本書は全体が十章から成っていて、その第1章から第9章まではそれぞれ独立した物語を語りながらも互いに関連しあうという形になっている。しかし話はそれだけではおさまらず、ある章の中にはさらに独立した虚構内虚構を複数含むものもあり、結局全体では二十をくだらないプロットが進行することになる。その中心になるのは、世紀末にスコットランド高地で起きた事件であり、豪雪の中を列車で旅していた乗客たちが救助を求めてさまよううちに、その中の老婦人が断崖から落ちて死に、それが殺人の疑いも出るが、迷宮入りになる。その事件から約一〇〇年後、現代のグラスゴーに、切り裂きジャックの再来のような連続殺人事件が発生する。一世紀を隔てたこの二つの事件が奇妙なつながりを見せるのを核にして、そのまわりに前述のような「背信」を共通テーマにした多くの物語群が配置されるという趣向だが、真相が曖昧模糊としているのは、こうした物語群がすべて登場人物の誰かが語る/書く(死亡記事・日記・書簡・手記……)という形で与えられているからだ。大勢の登場人物たちのほとんどは、なんらかの嘘をついている。真実が明らかにされるかに見える最後の第10章にしたところで、ある小説の書評という形式になっていて、素直には信じられない。ここには、信頼すべき全能の話者による声はいっさいないのだ。テクストがひそかに真実を語るのは、それがうっかり言い間違いをするときであり、すなわちテクストがテクスト自身を裏切るというのが、タイトルの『背信』にこめられたもう一つの意味である。 キプリングやコンラッドにはじまって、ジェフリー・アーチャーのパロディまでやってみせるこの小説に対して、あまりに複雑すぎるという批判はできない。なぜなら、プロットを何重にも複雑にすることこそが、作者パリサーの狙いだったはずなのだから。これから想像すると、『クインカンクス』はどれほど複雑だったのか、考えるだけでも空恐ろしくなり、一度読んでみようかという意欲がわいてくる。

(初出『ミステリマガジン』)
upload 98/10/21


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