17 Michael Innesについて
英国ミステリ界最後のドン
つい先頃のマイクル・イネス死去の知らせは、日本のミステリ界ではまったく話題にならなかった。イネスが「ハムレット復讐せよ」(1937)で初めて本邦に紹介されたのは一九五七年のことだったし、江戸川乱歩が絶賛したことで幻の名作として名高かった「ある詩人への挽歌」(1938)が日本語で読めるようになるのにはなんと五十年以上が経過している。その他に翻訳が出たのは短編集を入れてわずか三冊だけで、要するにイネスは過去の作家だと思われていただろううし、なかには冒険小説家のハモンド・イネスと混同する人もいたはずだ。おまけに「ハムレット復讐せよ」がおよそ日本語になっていない訳文だったものだから、日本では不幸にもイネスの読者層がつかなかったわけである。 しかし実際には、イネスは一九八七年まで四十五作(そのうちアプルビイ物が三十二作)の長編を書いていた。この数は、彼が本名はJ.I.M.スチュワートで英文学教授という本職を持っていたことを考慮に入れると、かなり多作と言える。しかも、そのほとんどすべて が、今の目で見ても充分読むに耐えるのだ。その際、イネスが難解だという評判はすっかり忘れてもらう方がいい。初期に比べて中期以降のイネスは、はるかに肩が凝らず読みやすいのだから。その辺をもっと紹介すれば、イネスの愛読者もふえるに違いないと思うのだが。
アプルビイ物を、という読者のために。初期のイネスを知るうえで絶好なのが「ストップ・プレス」Stop Press (1939)。ここには@カントリー・ハウス物A登場人物の多さBメタフィクション的趣向といった、イネス好みの設定がすべて盛り込まれている。義賊転じて名探偵という、スパイダーなる大衆小説の架空のヒーローが、その創造者である小説家エリオットが自宅で開いた「スパイダー生誕記念パーティー」の席上に現れ、エリオットが現在執筆中の「真夜中の殺人」という新作の筋書きそっくりに事を運ぶという、ファンタスティックな物語だ。現実が小説をなぞるという趣向は「アプルビイズ・エンド」Appleby's End (1945) にも見られるが、こちらの方はアプルビイによるユーモア冒険小説という感もある。凝った謎解きをお好みなら、「間違いの夜」A Night of Errors (1947) か。これは題名からも想像がつくように、シェイクスピアの「間違いの喜劇」を下敷きにして、その双子テーマをさらに複雑にしたもの。「古今の探偵小説の中で最高に頭痛のする作品」と評した人もいるほどだ。こうした作品群では、イネスの持ち味であるファースの要素がよく発揮されている。 アプルビイ以外のシリーズ物はないのか、という読者のために。チャールズ・ハニーバスという肖像画家が初めて登場するのが「不思議な任務」The Mysterious Mission (1974)。ハニーバスはあるとき、奇妙な依頼を受ける。自分をナポレオンだと思いこんでいる狂人の肖像を描いてほしいというのだ。彼は催眠ガスを嗅がされて、どこかわからない郊外の屋敷に車で連れていかれ、そこで二週間、肖像画製作に没頭するが、ロンドンの自宅に帰ってくると、不在の間にとんでもない事件が発生していたことを知る。悪党グループがハニーバスの家からトンネルを掘り、隣の銀行の金庫から大金を盗み出していたのだ! そこでハニーバスは謎の屋敷を自力でつきとめようとするが……。文学のみならず美術にも蘊蓄の深いイネスの趣味を生かしたこのシリーズは三作書かれていて、その三作目では「アプルビイとハニース」Appleby and Honeybath (1983) となってアプルビイ物に合流している。
シリーズ物以外では、とお訊ねの読者のために。バーナード・ショーの「ピグマリオン」を下敷きにした、お伽話風のクライム・ストーリーの佳作が「最新のソニア・ウェイワード」The New Sonia Wayward (1960)。ベストセラー作家のソニア・ウェイワードを妻に持つペティケイト大佐は、ヨットを楽しんでいたときに、妻が心臓発作で死んでいるのを見つける。そこでどう魔がさしたか、彼は妻の死体を水中に投棄して、彼女が執筆していた新作の残りを書き継ぎ、その作者になりすましてしまう。ところが、どうしても生きているソニアの姿を人目にさらす必要が生じて、あるとき出会ったソニアにそっくりの娼婦を雇い、しばらくソニア役を演じてもらうことにするのだが……。これこそ英国小説という味で、殺人は起こらない代わりにユーモアがたっぷりだ。この他にも、いわゆる巻き込まれ型の冒険小説が「ロンドンからはるか離れて」From London Far (1946) など何冊かある。
大学教授の余技ということで、その文学趣味から読者に敬遠されがちだったイネスだが、コリン・デクスターが我が国でも多数の読者を獲得していることを考えれば、いささか遅きに失した感はあるものの、再評価の時期は熟しているはずだ。