TWICE TOLD TALES

Book Review Archive

若島正


21 Peter Dickinson, The Poison Oracle, 1974


チンパンジーが『ハムレット』を書くとき


 何事にも、「玄人好み」というものがある。小説でもそうだし、もう少し限定してミステリでもそうだ。玄人好みのするミステリとは、多少の教養がないと読めないような作品になるだろうか。これも「多少」というところがミソで、相当の教養がないと読めないような作品を玄人は好まない。何事にも程々が良く、その程々の微妙な匙加減を知っているのが玄人というものである。

 ピーター・ディキンスンなどは、おそらくその玄人好みのするミステリ作家の代表格だろう。つまり、ディキンスンは妙なミステリを書くし、しかも英語が相当に難しいというのが世評であり、逆に言えば「ディキンスンを読んでいます」と言うだけでかなりのミステリ通と思われてしまう、という風に、読者としての通人度を測るものさしにもなったりする。

 わたしは特にいわゆる玄人好みのものを愛好する趣味はなく、それで言うなら「素人好み」のものも好きだったりするので、こうした評価にはだいたい懐疑的である。ディキンスンの場合なら、それほどたくさん読んでいるわけでもないし、読んだかぎりで言えばそれほど英語が難しくもないという印象を持っている。しかし、こういう玄人好みの作家には多少の興味もあって、読む機会があるかもしれないと思ってとりあえず本棚に揃えておく。そこで今回は、ディキンスンの未訳作品の中でも「目撃者はチンパンジー」というのでミステリ通には有名な、『毒のお告げ』(The Poison Oracle, 1974)を読んでみることにした。

 H・R・F・キーティングは、本誌(『ミステリマガジン』)に連載されたこともある『海外ミステリ名作100選』でこの作品を取り上げ、そこでこう書いている。

The Poison Oracleは昔ながらの謎解きミステリの傑作であると同時に、おそらく現代文明が直面している最も重要と思われる問題を扱っている作品だ。そして、そういうテーマを考察できるということは、ミステリの、とくにピーター・ディキンスンの価値を立証しているといえよう。

 凄い絶賛で驚くが、これはわたしに言わせれば買いかぶりすぎである。どうやらキーティングみたいな玄人は、玄人好みの作家に弱いらしい。ここで彼が言う「現代文明が直面している最も重要と思われる問題」とは、環境破壊あるいはエコロジーの問題である。実はわたしなぞ、キーティングのこの文章を読むまでは、『毒のお告げ』がエコロジーを扱っているとはついぞ思わなかった。もちろん、たとえエコロジーをテーマにした作品があったとしても、それでミステリの価値が立証されるという議論は筋が悪い。

 キーティングの読み方にはこの他にもあまり納得できないところがあり、たとえば彼は題名に含まれている「毒」という言葉に四つの意味(「被害者を殺す実際の物質」「ダイナ〔=本書に登場するチンパンジー〕によって最後になされた告発を確認するもの」「人間の文明が地球にあたえている有害な活動の象徴」「地球の抱える問題をきわだたせ、その源をたどろうとして、世界をめぐって往き来する言葉の流れのイメージ」)を読み取っているのだが、これがまた的外れで、作品内で「毒のお告げ」が直接に意味するものはこの四つのどれでもない。キーティングですらこういう読み方をしているのを目にすると、やはりディキンスンは難しいのだろうかと思ってしまう。

 話の筋はこうである。舞台はアラビアにある架空の小さな王国。その宮殿の中には動物園があって、牝チンパンジーのダイナに言語を教える実験のために雇われて英国からやってきたモリスという男が主人公。そこに、日本の航空機をハイジャックして降りたった英国人女性のテロリストが加わり、そのイデオロギーにもかかわらず国王の寵愛を受けてしまうという、なんとも珍妙な設定だ。喜劇的な展開で進む本書の半分を遇ぎたところで、ようやく一種の密室殺人が起こる。鍵のかかった動物園で、国王ともう一人臣下が死んでいた。ヴィデオカメラがその殺人の場面をとらえていたが、何が起こったのかは判然としない。目撃者は、その場に居合わせた猿とチンパンジーのダイナだけ。この殺人の謎は、言語能力を開発されたダイナが最後の大団円で、モリスの質問に答えて犯人を指し示すという形で結末を見る。

 しかし、もともと「サスペンス小説」と副題が付けられた本書は、純粋なミステリではなく、ミステリの趣向と同じくらいかあるいはそれ以上のウエイトで、二つの大きなテーマを持っている。その一つは、ディキンスンの処女作であるピブル警視物の『ガラス蟻の箱』(一九六八)に見られた、ロンドンのまっただなかに住むニューギニア部族民たちという設定と同じで、異文化の接触あるいは衝突の問題。これはザンビア生まれのディキンスンにとっては大きな関心事だ。『毒のお告げ』では、宮殿に隣接した湿地帯があり、そこに住む「沼地人」と呼ばれる民族は、壮大な宮殿に住む人々とはまったく異なる固有の文化や言語を持っている。この「沼地人」が、石油資本と結びついて独立国家を建設するかもしれない……という動きが、さまざまな混乱を巻き起こす一つの引き金になる。殺人事件が発生するまでは、この湿地帯の存在は小説の背景に隠れているが、後半でモリスが殺人嫌疑を避けるために沼地に送られるあたりから、そこの独特の風習が大きくクローズアップされる。題名の「毒のお告げ」は、そこで行われる奇怪な占いの儀式を指すのである。そしてもう一つのテーマは、言語の問題。チンパンジーに簡単な文法と単語を与えるという実験が、ミステリとしての謎の解明に大きく貢献することはすでに述べた。さらに、「沼地人」がしゃべる言語は、ディキンスンが想像した架空の言語になっており、ある挨拶の言葉はKt!urochaRHa'ygharaloch!inという風に一語で表され、これがどのような原理によって構成された文章かを解説したりするあたりなどは、ディキンスンの言葉に対する偏愛を表しているだろう。この小説の英語じたいはそれほど難しいものではないが、こういうところが「ディキンスンは難解だ」という噂のたつ原因なのだろうか。いずれにせよ、評価が厄介な作家であることはまちがいない。

(初出『ミステリ・マガジン』〈失われた小説を求めて〉97/4より)
upload 97/12/6


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