24 Peter Lovesey, The Last Detective, 1993
翻訳 山本やよい訳『最後の刑事』ハヤカワ・ミステリ文庫
ラヴゼイの賭け
『死の競歩』(一九七○)でデビューしたピーター・ラヴゼイは、ヴィクトリア朝を舞台にした歴史ミステリの作家であると一般には考えられている。これは、スコットランド・ヤード巡査部長クリッブを主人公とするシリーズがTV化されて人気を博したところから、ラヴゼイがミステリ作家としての独自の地位を築くために、初期の頃に自ら選択した道だったと言えよう。たしかに、わたしなどからすればこのクリッブ物はヴィクトリア朝と競歩、ボクシングなどのスポーツを組み合わせた独特の味で、ラヴゼイが実に楽しそうに書いているのがよくわかり、いちばん彼にとって幸せな仕事ではなかったかという気がするのだが、作者本人はそれで満足することをよしとしなかった。ヴィクトリア朝の歴史、ミステリとくれば、これぞ英国小説の典型ということになるので、それはそれで英国小説好きにとってはありがたいのだが、逆に読者層を限定してしまうという結果にもなりかねない。そこでラプゼイが選んだのは、ヴィクトリア朝を扱うのがうまい作家というラベルを自らはがしていくという困難な道であり、少しずつ時代を現代に近く設定しはじめる。傑作として名高い英国推理作家協会賞ゴールド・ダガー賞受賞作『偽のデュー警部』(一九八二)をその手始めとして、ハリウッドを舞台にした『キーストン警官(コップ)』(一九八三)や、戦後まもないロンドンを舞台にした『つなわたり』(一九八九)など、ラヴゼイが歩こうとしていた方向ははっきりしている。あるところで、ラヴゼイは自分のこれまでの最高作を「犯罪小説の短篇群」だと言っていたほどである。そのひとつの帰着点として、ラヴゼイがようやくたどりついたのが、完全に現代を扱った、このダイヤモンド・シリーズなのである。これは明らかに、より広範な読者層を目指したラヴゼイの大胆な賭けであり、こういうものも書けるぞという自信の現れだと解釈してもよい。その証拠に、このシリーズはどれも、これまでラヴゼイが書いていたものよりもかなり長い。
しかし、ラヴゼイのラヴゼイたる所以は、いくら現代に話をもってきても、それを当世流行のテクノ・スリラーなどにはしなかった点である。温泉地として十八世紀に社交サロンが隆盛をきわめたバースを舞台に設定した『最後の刑事』において、主人公のダイヤモンド刑事は科学捜査を信じない昔気質の刑事であり、その意味ではこれはアンチ・テクノ・スリラーだとも言えよう。主人公が‘最後の刑事’として人物造形されているのに合わせて、ジャンル的に見てもこの作品は警察小説と伝統的な謎解きを中心にする英国流探偵小説との境界線上に位置する、いわば「最後のミステリ」である。結末の数ぺージになってようやく意外な真犯人が明かされるあたりなどは、探偵小説ファンにも充分に楽しめる趣向になっているはずだ。物語の基調になるのは、子供のいないダイヤモンドと父親のいないマシュー少年とのささやかな心の通いあいであり、これにはホロリとさせられる。それに関連して、バース寺院のファサードの左右を飾る大柱に彫られた、いわゆる「ヤコブの梯子」と呼ばれる天国の梯子を昇る天使たちの描写が実に印象的で、これが最後の一行にふたたび現れるところは、思わずうまいと唸らされてしまった。
このシリーズ第一作『最後の刑事』は、結局のところ人情物ということになるのだが、ラヴゼイはそれにも満足することなく、次の第二作『単独捜査』(一九九二)ではダイヤモンドを動きまわらせて、ニューョークから東京へと舞台を変え、しまいには相撲力士まで出てくるという破天荒なことをやっている。これは、シリーズ物に対して同じ登場人物に同じ物語を望みがちな愛読者にとっては、困惑させられる趣向に違いない。またシルヴァー・ダガー賞受賞作となった第三作『バースヘの帰還』(一九九五)では伝統的なフーダニットを試みており、たえず目先を変えようとするそうしたラヴゼイの試みをどう受け取るかが、これからのラヴゼイ評価の最大のポイントではないだろうか。
ここで話を変えて、この小説の大きなネタになっている、ジェイン・オースティン関係の話題について説明しておく。本文中に述べられているように、オースティンは一八〇一年から一八〇五年にかけて、バースのシドニー・テラスという所に住んでいた。後に、この体験を基にして、彼女は『ノーサンガー・アベイ』(一八一八)の中でバースのの社交風俗画を描いた。気の進まないバース暮らしではあったが、そのバース滞在中に彼女がいちばん世話になったのが、母親の兄弟で裕福だったジェイムズ・リー・ペロットとその妻ジェインである。このジェイン伯母さんは、ある店で絹を少しばかり盗んだという罪で裁判にかけられ、八か月をイルチェスターの刑務所で過ごした。ここまではたしかに正確な史実に基づいる。しかし、『最後の刑事』に出てくるような、ジェイン伯母さんに宛てた手紙が存在していたというのは、かなりもっともらしいフィクションである。R・W・チャップマンが編纂した『ジェイン・オースティン書簡集』第二版(一九五二)に収録されているオースティンの手紙は百四十八通あるが、その大半は姉のカサンドラに宛てたものであり、ジェイン・リー・ペロット宛のものは一通も挙がっていない。
この『ジェイン・オースティン書筒集』を、ラヴゼイは『バースへの帰還』でもう一度資料として使っている。バースのトリム・ストリートで不法居住をしているウナ・ムーンという女性が、ダイヤモンドとのやりとりでこんなことを言う場面がある。
「オクスフォードを中退する前、ジェイン・オースティンを読んでたから。あたしが我慢できる作家は彼女だけだったわ。長篇すべてと、初期の作品集と、書簡集を、むさぼるように読んだものよ。あの家で暮らすようになってから、トリム・ストリートって名前に聞き覚えがあるような気がして、中央図書館まで調べにいったの。ある手紙で――一家がまだバースに越してもいない時期のものだけど――ジェインはこう書いている。トリム・ストリートを避けるためなら、うちの母はなんでもするだろうって。だから、一八〇六年に結局ここで暮らすことになったときの母子の気持ちは、あなたにも想像がつくと思うの。きっと地獄だったわね。……」
書簡集まで読んでしまうというのは、この登場人物も、かなり熱狂的なオースティン・ファンだとしか言いようがない。小説と違って、オースティンの書簡は洗練された文体で書かれているわけではけっしてなく、日常の雑多な事柄を綴ったものばかりで、おそらく一般読者にはあまり意味がないからである。それはともかく、ここでウナ・ムーンが言及しているのは、一八〇一年一月三日付けのカサンドラに宛てた手紙であり、その中でオースティンは、バースで住む適当な家を探しているのを話題にして、あそこはまあ場所も悪くはないがわたしはこっちの方が好きだとか、母はあそこの角の家に執心だが外側しか見ていないから住んでみないことにはなんとも言えないとか、ペロット夫人はあそこを勧めてくれるがわたしたちはあの地域が大嫌いなことで一致団結しているとか、いろいろと好き勝手なことを書いていて、そこにラヴゼイが引用しているようなトリム・ストリートへの言及が出てくるのである。そしてオースティンは一八〇六年に、しばらくトリム・ストリートに住むことになり、その六月にようやくバースを離れてクリフトンに移住する。そのときのことをある書簡では「脱出できて本当にせいせいした!」と書いているほどだから、オースティンはよくよくバースにうんざりしたのだろう。
もっとも、こうした英文学関係の話題というものを、ラヴゼイはダイヤモンド・シリーズで意図的に抑え目にしている印象が強く、主人公のダイヤモンドを文学にまるで縁のない(当然オースティンも読んだことがない)人物に造形しているあたりがその証拠である。それでもと言うか、いやそれだからこそと言うべきか、『最後の刑事』の法廷場面で、法廷弁護士のリグアン・バーゲナーが「分別、それとも感性?」とか「自負と偏見」といった、オースティンの小説の題名から拝借した言葉を使うときに、その効果はわたしのような小説読みにとって絶大なものがあるのだ。