27 John Mortimer, Charade, 1947
憧れとほろ苦さ
前号では奇想小説特集ということで、かなり奇抜なものを選んだ手前、バランスをとって今回は英国小説らしい落ちついた味わいのものを読みたくなった。ところが、昨今ではこれはなかなか難しい注文なのだ。
サルマン・ラシュディの『真夜中の子供たち』をきっかけとして、八○年代以降はいわゆるポスト・コロニアルの作家たちの台頭がめざましく、正統派の英国小説は影が薄いというのは、大勢の人々が指摘する傾向である。もっとも英国小説らしい小説をひとつ挙げるとすると、カズオ・イシグロの『日々の名残り』になったりするのが、その辺りの事情をよく反映していると言えようか。典型的な保守派の英国作家キングスレー・エイミスの息子マーティン・エイミスが、ポストモダンの作家として喧伝されたりするのも、時代の流れを感じさせる現象である。
というわけで、今日では比較的数少ない根っからの英国小説家として、ここで紹介したいのがジョン・モーティマーである。
モーティマーの作品で、日本ですでに翻訳が進んているのはおそらく法廷弁護士ランポールの連作シリーズだけだろう(これはまだ単行本化されていないが……宮脇さん、よろしくお願いします)。七○年代後半にTVドラマ化され、モーティマーの名前を一躍有名にしたこのシリーズは、法廷ミステリとしても超一流ながら、なんといってもそのキャラククーたちが実に愛すべき存在ばかりなのである。うっかりこのランボールたちにつきあったらそれこそ最後で、わたしはこのシリーズの七冊すべてを読んでしまうはめになったほどだ。
モーティマーは、ランポ−ルのシリーズで有名になる前には、舞台・映画・TVの脚本家として活躍していた。彼が脚本を手がけた有名な映画を挙げると、「バニ−・レイクは行方不明」(オリヴィエが出てたやつです)や「ジョンとメアリー」などがあり、さらに近年ではナボコフの原作をみごとに生かした「マーシェンカ」もある。いずれも、これこそプロの仕事と唸らされるものばかりで、モーティマーがいかに懐の深い職人であるかが納得されるのではないか。TVドラマの脚本としては、前述したランポール物の他にイヴリン・ウォーの名作『ブライズヘッド再び』があって、このウォーとモーティマーの取り合わせなどは望みうる最高のものだろう。
さて、ここで取り上げるのは彼の長篇第一作『シャレード』(Charade,1947)である。本稿は原則として最近の未訳作品を紹介することにしているが、その原則を今回だけは少し拡大解釈した。というのも、この作品は発表当時さほど評判にならず、長いあいだ埋もれていたのだが、八○年代にモーティマーの名声がようやく確立してから、ほぼ四○年ぶりに再版されたのである。
この小説の舞台は、戦時中の一九四四年六月、英国のある海辺のリゾート地。そこで軍事演習のドキュメンタリーを撮影中の映画部隊に加わるべくやってきた青年が主人公である。彼の母親が監督と美術学校時代の同級生で、その縁で助手として雇われたのだ。仕事はいわば使い走りのようなもの。同僚は暇があったら酒ばかり飲んでいる。兵士たちも卓球ばかりしていて、本当に戦時中なのか疑わしいほどの呑気ぶり。撮影はいっこうにはかどらず、『キネマ芸術』という雑誌を携えてやってきた主人公にとっては、幻滅させられることばかりである。
そこに、事件が起こる。撮影中のことだ。シナリオは次のようなものだった。最年少の兵士エルヴァースは、訓練が嫌で、厳しい軍曹ドラッカーを憎んでいた。断崖をロープでよじのぼる演習中に、その二人だけが下に残される。こわがるエルヴァースを軍曹はやさしく勇気づけ、ロ−プを身体に巻きつけてやる。二人は無事に絶壁をのぼり、そこから友情が生まれる……。このシナリオどおりに、エルヴァースは上にたどりつくのだが、次に軍曹の番になって途中で突然ロープが切れ、軍曹は墜落死してしまったのだ。
主人公はエルヴァースが軍曹の妻にのぼせあがっていたことを思い出し、これが事故ではなく殺人だと考える。そこで彼は真相を突きとめるべく探偵ごっこを始めるのだが、彼がひそかに慕情を抱く監督の妻アンジェラは別にして、誰も彼にとりあってくれない。彼はついに意を決して少佐に直訴に及ぶが、兵士たちはすでに移動を完了しており、重大な作戦が実行される前日にやってきたのはスパイ行為の疑いありとして、一晩身柄を拘束されてしまうという出来事だった。そしてその翌日こそは、ノルマンディー上陸作戦の日だった。
事故の真相だけが謎なのではない。人生経験に乏しい青年にとっては、むかし監督と母親のあいだに何があったのか、アンジェラは本当は誰を愛しているのか、軍隊の真の任務は何なのか、といった彼をとりまくすべてが謎である。そうした謎(シャレード)には、謎のままで終わるものもある。青年がこの短い体験で得た教訓はそれだ。
ここにはランポール物に見られるような、人生の酸いも甘いも噛みわけた、大人の味わいはない。その代わり、青春小説に特有のロマンチックな憧れとほろ苦さがある。それもまた、よくできた英国小説の一典型だと言えば、あまりにも英国小説びいきだと笑われるだろうか。