TWICE TOLD TALES

Book Review Archive

若島正


15 Gene Wolfe, The Urth of the New Sun (1987) & Castle of Days (1992)


新しい太陽の顛末


 小説を読みはじめる前に、巻末に付けられた解説にまず目を通してみたくなるのはよくあることだ。特に、作者が自分で解説しているとなれば、その誘惑は強い。さらに、もともとの小説が四部作の超大作だったりしたら、これはもう誘惑に負けてしまうこと必定だ。

 わたしはウルフが好きで、短篇「デス博士の島その他の物語」を大学のSF講座でテキストに使って読んだことがあるほどだ。しかし、どうもシリーズ物はどちらかというと苦手で、いつかは<新しい太陽の書>に挑戦しておかなくては……と思っているうちに、気がついてみると早川で出ていたはずの翻訳は姿を消していて、ペーパーバックで読むことを余儀なくされた。そしてゆっくり読み進めていく途中で、『日々の城』(Castle of Days)というまことに便利な本を手に入れたのである。

 『日々の城』は、短篇集Gene Wolfe's Book of Daysとエッセイ集The Castle of the Otterに新たなエッセイを追加した合本で、エッセイ集の方は、<新しい太陽の書>がいかにして書かれたかをめぐる、いわば作者による解説集なのだ。おまけに、追加された“Secrets of the Greeks”というエッセイを読むと、四部作にエピローグとして付けられた格好の『新しい太陽のアース』(The Urth of the New Sun)の成立事情までわかる。それはこういう話だ。

 シリーズの最終巻『独裁者の城』では、語り手兼主人公のセヴェリアンがアース(未来の地球)の独裁者の地位に到達し、アースを救うために新しい太陽をこの地にもたらそうと宇宙船に乗って旅立とうとするところで、それまでの彼の物語を完璧な記憶によって再現し、その<新しい太陽の書>と題される草稿を書き終わるところで幕になっていた。

ウルフによれば、このエンディングをめぐって、当時ポケットブックス社にいた編集担当のデイヴィッド・G・ハートウェルと口論になったらしい。ハートウェルの意見では、そのエンディングの後に、セヴェリアンは目的を達成してアースは救われめでたしめでたしとなった旨のパラグラフを書き足せというのだ。議論の結果、『独裁者の城』はウルフの原案どおりに出版されることになったが、その代わりに、ハートウェルの意見を取り入れた続編を長篇として書くという約束になった。それが『新しい太陽のアース』だというわけだ。[実は、この話にはまだ後日談がある。その執筆途中で、ポケットブックスがSF・ファンタジーから全面的に手を引くという方針転換をして、『新しい太陽のアース』出版は宙に浮いてしまった。ハートウェルもTORに移籍したため、ウルフは『新しい太陽のアース』をTORで出版する契約を交わそうとする。そこへポケットブックスが、オプションはまだうちにあるとクレームをつけ、ウルフはやむをえずTORとの契約を「題名未定」の新作とせざるをえなかった。急遽その新作を書く必要に迫られたウルフがひねり出したのが、俗に<ラトロ>シリーズと言われる、古代ギリシャの一兵士を主人公にしたシリーズの第一作Soldier of the Mist (1986)だったとのこと。]

そうした裏話はさておき、『新しい太陽のアース』は単純なめでたしめでたしという結末にはならない。セヴェリアンはいくつかの試練を経て、新しい太陽をアースにもたらすことに成功するが、その結果として大洪水が起こり、アースは「新しい太陽のアース」またはウシャスと呼ばれることになる(ウシャスとはサンスクリット語で「暁」の意)。これは、セヴェリアンの物語をキリストの再臨になぞらえたシリーズ全体から見れば、ノアの洪水の再現であり、シリーズの開かれた結末として実にぴったりだ。

 The Castle of the Otterに収められたあるエッセイの中で、ウルフはこのシリーズに出てくる見慣れない単語がすべて辞書にちゃんと載っているものばかりであることを実証している。そこでわたしも、『オックスフォード英語辞典(OED)』のCD−ROM版で単語を引きながら、流し読みしてしまったシリーズ全体をもう一度ゆっくりと最初から再読しているが、なるほどそうして読み直してみると、ギリシャ語や古英語からウルフがかなり多くを借用していることは一目瞭然で、実にこの世界が堅牢に造られていることがよくわかる。とにかく、『OED』でSFファンタジーを読むという体験は初めてで、あらためてウルフの実力のほどに驚かされた。

(初出 『SFマガジン』97年2月号)
upload 98/10/20


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