18 Theodore Sturgeon, The Complete Stories of Theodore Sturgeon (1994〜96)
圧倒的なディレーニーのスタージョン論
スタージョンの短篇全集全10巻が、ノース・アトランティック・ブックスから刊行中である。編者はディックの短篇全集も手がけたことがあるポール・ウィリアムズで、1年に1册の刊行ペース。今年は第4巻が出るはずだが、筆者が入手したのは第3巻までなので、それをまとめて紹介したい。
この全集の特徴は、書簡などの資料から推定される執筆時期の順に作品が並べられている点で、第1巻は1937年(スタージョン19歳)から40年まで、第2巻は41年(スタージョンが結婚してニューヨークを離れた年)まで、第3巻は46年までとなっている。第3巻の間隔が長いのは、ブルドーザーの運転手をしていた42年から43年にかけて、まったく書けない時期があったからである。この執筆年代順という並べ方が有意義なのは、創作初期の短篇をスタージョンはごっそりしまいこんでおり、実際にそれを雑誌などに売ったのがかなり後になってからというケースが目立つためだ。
この3巻を通じて最高傑作と思われる「ビアンカの手」(『一角獣と多角獣』所収)がまさしくその例である。ポール・ウィリアムズの解題によれば、この作品は39年中頃の作と推定される。ところが、スタージョンはこういう異常なテーマの短篇が売れる見込みはないと思い、それを手元に置いたままだった。彼がとうとうそれを売る気になったのは、金に困っていた47年のことで、イギリスで出ていた雑誌「アーゴシー」の短篇コンテストに応募した。これがみごとに1位に輝き、賞金千ドルを獲得することになったのである。ちなみに、次席はグレアム・グリーンだったのだから、これがいかにスタージョンの自信にもつながったか想像できる。
3巻を通読して感じるのは、この「ビアンカの手」を唯一の例外として、まだこの時期にはスタージョンが彼独自のものを発見していなかったということである。なるほど、それぞれの巻の表題作は、俗にスタージョン・クラシックスと呼ばれることも多い有名な作品ばかりだが、それは他のSF作家が書いてもおかしくはない程度の、ジャンル内にあっさりと収まるものでしかない。事実、ここには今読むと失望させられるような短篇もかなり存在している。本当にスタージョンらしい短篇は、主として『一角獣と多角獣』および『奇妙な触れあい』に収められたもので、40年代後半から50年代前半にかけての時期(『人間以上』もその産物である)にほぼ集中しており、これから刊行される第4巻や第5巻あたりが待望されるところだ。
もうひとつ、この全集を読んでの発見は、スタージョンが推敲に力を入れるタイプの作家だという点。たとえば「ビアンカの手」の場合、最初は五〇〇〇語くらいあったのが、最終的には三五〇〇語に切りつめられている。おそらくそうした推敲で最も極端な例は、代表的な傑作のひとつ「海を失った男」(一九五六)で、これはなんと二一〇〇〇語を五〇〇〇語にまで削り、F&SF誌に売ったときにはそれをまだ削れという注文を受けたという。こうした推敲を、スタージョンはアンソロジーに収録されるときにもしばしば行っていたようで、どれを決定稿とするかはこの全集の編者にとって難しい問題だったはずだ。
全集の読みどころは、他にもある。各巻には、有名SF作家たちによるスタージョン論が付いていて、これが実に興味津々なのだ。第1巻はブラッドベリ、クラーク、ウルフ、第2巻はディレーニー、そして第3巻はシルヴァーバーグにハインラインという錚々たる顔ぶれだ。スタージョンの第一短篇集に付けた序文を「これに付け加えることはない」としてそのまま流用したブラッドベリや、予想どおりにおざなりなクラークを別にすれば、後の4人のものは水準以上の出来で、とりわけ27ページにもわたる大論文を書いてしまったディレーニーが圧倒的にすばらしい。これは将来スタージョンを読もうとする人にとっては必読になるはずの名評論であり、批評家としてのディレーニーのいちばんいい面が出た文章である。ここでディレーニーは、スタージョンの中心テーマである「愛」を深く掘り下げ、「シジジー」(syzygy)という言葉(これは『一角獣と多角獣』収録の短篇「シジジーじゃない」に現れる)をキー・タームとしてとらえる。この見方に、わたしは全面的に賛成したい。
いずれにせよ、遅きに失した感のあるスタージョン再評価が、この全集をきっかけにして始まることを願う。我が国では、未訳のままで眠っているスタージョンの傑作がまだまだたくさんあるのだから。