TWICE TOLD TALES

Book Review Archive

若島正


5 Fantasy Novels of America, Best 20


私選アメリカ幻想文学20篇


 個人的なアンソロジーを編むのは、つねに楽しい作業である。わたしは毎年、大学で英語の「授業」と称して、その個人的な楽しみを満足させている。

 やり方は決まっていて、1回の授業で1作、年間に20作の短篇小説を英文で(英米以外のものは英訳で)読むというシステム。この方式で「短篇小説20講(統一テーマなし)」「幻想小説20講」「アメリカ60年代小説20講」「アメリカ20世紀小説20講」といった授業をいままでに何度かやってきた。そこで、もし「アメリカ幻想小説20講」というタイトルで授業をするなら、何を選ぶかを考えてみる。当然ながら、この方式だと長篇は扱えないので、たとえばスティーヴン・キングのような典型的な長篇作家は抜け落ちることになる。(実は、キングの短篇を選ぼうとしたこともあったのだが、どれも気に入らず、結局『トミーノッカーズ』の抜粋という異例の手を使ったことがある。)まあしかし、完璧なシステムなど最初から存在しないに決まっているのだから、そこは大目に見てもらうしかない。

 お断りしておくが、わたしは授業で幻想小説を扱うときに、その定義として「とんでもないことが起こる小説」だという逃げをうつことにしている。小説を読む前から、いきなりトドロフがどうだこうだという話をしたくはないわけで、授業を進めているとそのうちに学生たちの方が「幻想小説とはなんだろうか」と勝手に考え出すことになるのがしばしばだ。要するになんでもありということなので、いわゆる怪奇小説やSFを選ぶこともよくある。

 さて、「アメリカ幻想小説」となると、セレクションが悩ましい。ただの「幻想小説」だと、ずらりと英国産のスタンダード・ナンバーが並ぶことになり、候補はそれこそ山のようにあるのだが、アメリカではそうはいかない。そこで一つの妥協案は、SFを数多く入れること。(ただし、この場合も、「いわゆるSF作家が書いた作品」をSFと呼ぶという定義を採用する。)イギリスと比較した場合、アメリカSFというのは幻想小説という枠で見ても無視できない位置を占めていると思うからである。

 これでだいたいの構想ができあがり、全体を4つの部門に分けて、それぞれ5作ずつ選んでバランスを取ることにした。セレクションそのものは、なるべくスタンダードなものを基本に、若干の個人的な趣味を混ぜるという方針。なお、ここで選んだ20篇は、いずれも授業で使用済みで、その隅から隅までを仔細に味わい、学生たちのだいたいの反応も把握しているものばかりである。

(1)古典

 次に挙げるリストは、ヘンリー・ジェイムズを加えればさらに「古典」という趣が増すのだが、ラヴクラフトをここにどうしても入れたかったために、ジェイムズが割を食った格好になった。

Ambrose Bierce, “An Occurrence at the Owl Creek Bridge”

「アウル・クリーク橋の一事件」

大傑作。死の一瞬における意識の中の幻想は、異様にハイパーリアルで、作者ビアスの幽冥界体験としても読める迫真性を備えている。

H. P. Lovecraft, “The Outsider”

「アウトサイダー」

 もちろん、この作品が入っていないアメリカ幻想小説選というものは、想像するのが難しい。何度読んでも、この小説世界のトポロジーがわからず、そのたびに眩暈を覚える。

Herman Merville,“Bartleby”

「バートルビー」

 不思議な人物を描いた不思議な小説。バートルビーの存在そのものが、われわれの世界に穿たれたブラックホールで、読者はそこに永遠に吸い込まれてしまう。

Nathaniel Hawthorne, “Mr. Higginbottam's Catastrophe”

「ヒギンボタム氏の災難」

 ホーソーンは選ぶのに苦労するが、ここはバベルの図書館にこれを収めたボルヘスに敬意を表して。たしかにボルヘス的だとも言えるが、そこにホーソーン独特の暗黒のロマンスが影を落としている。

Edgar Allan Poe, “The Angel of the Odd”

「不条理の天使」

 これもホーソーンに次いでひねった選択。ポウの類い稀れなスラップスティックの才能に大笑いさせられること間違いなし。

(2)異色作家

 かつて早川で出ていたシリーズの作家たちのために1部門設けることにした。

Theodore Sturgeon, “Bianca's Hands”

「ビアンカの手」

 愛を描くスタージョンの面目躍如たる一篇。とにかく、これほど “they” という代名詞が恐ろしくまた美しい作品もない。学生の頃、これを原文で読んで、本当に卒倒しそうになったことがある。スタージョンには他にも「墓を読む男」や「海を失った男」という超傑作あり。

Shirley Jackson, “The Bus”

「夜のバス」

 わたしは有名な「くじ」をあまり評価しない。この短篇は、仕掛けはストレートではあるが、とにかく怖い。他には、「ある訪問」を一度授業で読んでみたいと思っている。

Ray Bradbury, “The Jar”

「壜」

 誰でもそうだと思うが、わたしも若かりし頃に一時期的なブラッドベリ熱にとりつかれた一人であり、どれにするか迷う。「湖」や「四月の魔女」も捨てがたいが、結局、今でも再読が可能なものを選ぶ。これは後で出てくるバーセルミの「気球」にも一脈通じるものがあると、近頃では妙な感想を持つようになった。

Fredric Brown, “Don't Look Behind You”

「うしろを見るな」

 われわれ読者自身が殺人の被害者になってしまうという、奇抜なエンディングだけが有名な作品だが、よく読んでみると、語り手の精神状態を反映して中盤からテクストそのものが歪んでくる。そこが今ではおもしろい。植字工の体験を持つブラウンらしさが出ているのもポイントの一つ。

Jack Finney, “The Third Level”

「レベル3」

 いかにもノスタルジア作家フィニイらしい、愛すべき掌篇。タイム・パラドックスを生む小道具として郵便が使われているのも微笑を誘う。

(3)SF・ファンタジー

 アメリカにおけるいわゆるニュー・ウェーヴ以降という作家ばかり並んでしまった。これは当方の趣味がもろに出ている。ファンタジー系の作家、たとえばビーグルなどを入れる手もあるが、今回は遠慮した。

Samuel R. Delany, “Corona”

「コロナ」

 名作である。この作品に対する最高の感想は、“I like it.”と一言だけ言えばいいのをわたしは知っているが、それでも一度どこかで「コロナ」論を書いておきたいという気にさせられる。

Ursula K. Le Guin, “The Ones Who Walked Away from Omelas”

「オメラスから歩み去る人たち」

 ルグィンを読んで感動するのは、大江健三郎を読んで感動するようなもので、どこかまずいのではないかという後ろめたさがある。それでもなお、この短篇には感動せずにはいられない。オメラスという町の構築法にニュー・ウェーヴの影響が読み取れる点にも注意したい。

Thomas M. Disch, “The Squirrel Cage”

「リスの檻」

 異星人による侵略物のSFとしても読めるし、カフカ的設定の幻想小説としても読めるし、また典型的なメタフィクションとしても読める。とにかくディッシュの驚くべき超絶技巧が楽しめる一篇。

Harlan Ellison,“Pretty Maggie Moneyeyes”

(未訳)

 エリスンの代わりにラファティーを選ぶか迷うが、なにしろこのエリスンの代表作が未訳であるとは許しがたいだけに。わたしのような賭博小説好きにとっては、ラスヴェガスを舞台にしたスロットマシンの物語である本作は最高だ。

Gene Wolfe, “The Island of Doctor Death and Other Stories”

「デス博士の島とその他の物語」

 現代ファンタジーを論じるときに、ウルフは落とせない名前。ご存知ウェルズの『モロー博士の島』を出発点にしながらも、ウルフはここではるかに精緻で幻想的な物語を織りあげている。この短篇を表題作にして、The Island of Doctor Death and Other Stories and Other Stories というタイトルの短篇集をこしらえたのにも唸ってしまった。

(4)現代文学

 これは選びようでどうにでもなるし、わずか5篇では少ないような気がする。

Truman Capote, “Miriam”

「ミリアム」

 早熟の天才カポーティの悲劇がすべてここに凝縮されているようで怖い。もちろん、名作中の名作。作者自身の言葉によれば、原案ではあのエンディングにまだ3行書き足されていたらしいのだが、他人の忠告を容れてそれを削ったところ、名作になったのだという。その削られた3行とはどんなものだったか、ぜひ知りたい。

Vladimir Nabokov, “The Vane Sisters”

「ヴェイン姉妹」

 最後の段落にいわゆる「かきつばた」の趣向が仕掛けられているというトリックにも驚くが、雪解けの朝を描写したみごとな書き出しにはもっと驚かされる。霊界からの通信を主題にした、ナボコフ最後の短篇でありしかも傑作。

J. D. Salinger, “A Perfect Day for Bananafish”

「バナナ魚日和」

 ほとんど伝説の人物と化したサリンジャーの伝説的な短篇。授業で精読してみたら、もう舌を巻くほどうまい。<バナナ魚>のみがもっぱら有名な作品だが、まずこのサリンジャーの小説技巧を楽しみたい。

Donald Barthelme, “The Balloon”

「気球」

 おそらく最良のバーセルミ入門篇。これが日本で初紹介されたのが、ジュディス・メリル編の『年間SF傑作選』だったのは、今から考えると不思議な気がする。

Bernard Malamud, “Idiots First”

(未訳)?

 マラマッドの幻想譚には独特の味があり、日本では「魔法の樽」や「ユダヤ鳥」などがよく知られていると思うが、わたしは同名の短篇集の表題作であるこちらの方が好きだ。この作品、実は何が書いてあるのか、わたしにもよくわからない。しかし凄い。

(初出 国書刊行会『幻想文学1500 ブックガイド』)
upload 98/10/20


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