8 Jack Finny, Time and Again, 1970
失われた町
●ノスタルジアの町
タイム・トラヴェルという趣向をたった一つのテーマにして、繰り返し繰り返し同じことを書いてきたという、タイム・マシン文学史からは無視できない特異な作家がいる。彼の名前はジャック・フィニイ。実は、この名前を口にするだけで、ほとんどの批評家たちはとたんに筆が甘くなる。彼が一つのことしか書けない作家だという欠点に目をつむり、彼の愛すべき美点だけをほめそやす。なぜなら、フィニイが書くのはつねに過去の失われた時代へのノスタルジアであり、大勢の読者にとって、この「ノスタルジア」こそは魔法の言葉だからだ。
フィニイの代表作として一般に知られている長編『ふりだしに戻る』(一九七○)は、彼の作家としての力量とその限界をよく示している。主入公のサイモン・モーレイは、ニューヨークの広告代理店に勤務する二十八歳の独身青年で、好奇心と想像力をもてあまして退屈な生活を送っている、どこにでもいそうな凡庸な男である。そのサイモンが、あるとき突然政府の役人から訪問を受ける。合衆国政府が秘密のうちに進行させているプロジェクトの実験台にならないかというのだ。その秘密のブロジェクトとは、過去の建物や風俗を可能なかぎり忠実に再構築して、失われた時を再現しようとする試みだった。サイモンはその失われた時の観察者となるのだ。ランダムに設定された時代と場所のなかで、サイモンは一八八二年一月のニューヨークを選び、当時存在したダコタという名のアパートに入り、そこからタイム・トラヴェルの実験が始まる。
もちろん、こうしたタイム・トラヴェル物の定跡で、サイモンはその過去で出会った女性と恋におち、彼女をなんとかして現代に連れてこようと努力し、そこでタイム・パラドックスに抵触することになる。しかし、そうしたブロットの問題は本稿の関心外にある。わたしが何よりも驚くのは、こういうタイム・トラヴェル物を一九七○年に書いてしまうフィニイの素朴さである。SFというジャンルの内部では、タイム・トラヴェル物およぴタイム・パラドックスをテーマにした趣向は、複雑にねじれた物語の極地であるハインラインの『輪廻の蛇』をその代表例として、いわゆるSF黄金期の五○年代までにあらかた書き尽くされてしまった。こうした一つのテーマを消費し尽くすSFというジャンルの体質については、スタニスワフ・レムが「タイム・トラベル物およびそれに関連するSFの構成上の諸間題」(一九七四)というエッセイで鋭い批判を行っているが、それはともかく、そのようなSF史をまったく考慮に入れていないとしか思えない、単純な設定のタイム・トラヴェル物を書くことじたいがアナクロニズムであり、それがまたフィニイの本質なのである。
実際、タイム・トラヴェルをするためには、なにもタイム・マシンという機械やもっともらしい設定を与える必要はまったくない。われわれが手にする「書物」あるいは「小説」がそれだけで立派にタイム・マシンの装置であるかぎり、ちょっとしたきっかけさえあれぱそれで充分に、読者は登場人物が体験するタイム・トラヴェルに同行できるのである。フィニイ自身も、短編集『レベル3』(一九五七)の表題作において、グランド・セントラル駅の実在しない地下三階にうっかり迷いこんでしまったのがきっかけで、一八九四年の世界にタイム・スリップしてしまう男の物語を書いていたではないか。『ふりだしに戻る』で、過去を再現しようとする政府の秘密機関のいわぱ「建築現場」を主入公のサイモンが案内されるくだりは、まるで芝居の舞台裏を見せられているようで興ざめもはなはだしい。タイム・トラヴェルをもっともらしく実現しようとするのが、かえって逆効果なのである。
しかし、こうした物語の設定に対する批判は、結局フィニイのような作家には無意味なことかもしれない。なぜなら、フィニイが書きたかったのは、タイム・トラヴェルをめぐる複雑な物語よりも、一八八二年のニューヨークはどんな町だったかを描くことがまず第一だったのだから。そこでフィニイは、サイモンが失われた町の風景を目にするときの驚きを読者に共有してもらうために、数多くの写真や挿絵を散りぱめる。(主人公のサイモンが広告代理店に勤めているのはこのための設定で、彼は目にする風景をスケッチするが、それは実際にはフィニイが調査して集めてきた資料を用いたものである。)馬車に乗る人々、橇遊びやスケートをする人々、四十番街や五十香街の風景、マジソン・スクェアに置かれた自由の女神の腕……。
ここで、フィニイにおけるノスタルジアの特異性について語っておこう。彼のノスタルジアの対象になるのは、主に十九世紀末のアメリカである。しかしそれは、『ふりだしに戻る』で二十八歳のサイモンが一八八二年の世界に旅立ち、「レベル3」で三十一歳のチャーリーが一八九四年の世界に足を踏み入れたように、一九一一年生まれの作者フィニイにとっても見知らぬ世界である。われわれが幼少の頃の記憶をいつまでも胸にしまっているところから派生する、郷愁としてのノスタルジアとは性格が異なっている。自分がこの世に生まれる前にも世界が存在したという驚き、その時代の写真や絵を眺め、書物や記事で当時の出来事を知るときに経験する不思議な感情、それがフィニイという人間の中心にある。つまり、フィニイは自分が生まれる前の歴史を、あたかも小説を読むように読んだのである。従って、『ふりだしに戻る』でサイモンが一八八二年の世界を目にするのは、資料の収集によってすっかり十九世紀後半のニューヨークが気に入ってしまったものの、その世界を実際に目にすることはできないフィニイの、純粋な願望の産物なのだ。
しかし、そこで当然ながら出てくるのは、事実と虚構、あるいは歴史と小説という、おそらくどの小説家にもつきまとう問題であろう。『ふりだしに戻る』では、フィニイはまだ小説家としての自己を失わずにいる。彼はこの小説で、歴史的事実に最大限に立脚することを自分に課した。一八八二年のニューヨークに対して読者になんらかのノスタルジアを喚起させるためには、それはまちがいなく不可欠の条件だっただろう。たとえぱ、信じられない話だが、当時は自由の女神の腕が実際にマジソン・スクェアに置かれていたのである。その一方で、フィニイは物語のために多少の歴史的事実を改変することも辞さない。自注によれぱ、物語の中心となるダコタと呼ぱれるアパートは、現実には一八八五年になるまで完成しなかったという。それをフィニイは一八八二年の世界に現出させた。彼の言葉を引用すれぱ、「これはただのお話であり、ただのエンターテインメントのつもりなのだ」というわけである。
ここで話が終われぱ、フィニイはとりたてて問題にならない単なる「愛すべき作家」だとして片づけることができたかもしれない。ところが、失われた町に対するノスタルジアの病は、われわれの想像以上にフィニイをむしぱんでいたのだ。『ふりだしに戻る』を執筆中、彼は一八八○年代の資料をマイクロフィルムで読み漁った。その資料とは、主に〈タイムズ〉紙、〈トリビューン〉紙、そして〈フランク・レスリーズ・イラストレイティッド・ニュースペーパー〉紙である。とりわけ〈レスリーズ〉は、挿絵を豊富に載せた週刊紙で、フィニイの好奇心をかきたてた。『ふりだしに戻る』を書き終わってから数年たっても、〈レスリーズ〉に対する渇望は癒されることがなく、ついにフィニイは州立図書館に頼んで、〈レスリーズ〉を一八五六年の創刊号から全部送ってもらい、そのすべてのぺージに目を通した。そして、そこに載っていた記事の中で、当時の大衆の話題の的となった犯罪事件をいくつか拾いあげ、それを自らの声で語りなおしたのが『忘れられた時代』(一九八三、未訳)と題する書物である。
『忘れられた時代』は、一般的には短編集として分類されているが、それははたしてどうなのか。たしかに個々の物語には波潤万丈なものもあるが、どれだけフィニイの潤色が加えられているか不明にしても、やはりこれは「歴史そのまま」なのである。フィニイは物語の背後に完全に姿を消している。『ふりだしに戻る』には残っていた小説家としての意識を捨てても惜しくはないほどに、失われた過去へのノスタルジアが強かったということだろうか。普通の小説読者は、フィニイ本人ではないだけに、そこまで忘れられた時代に対する執着はない。ノスタルジアとストーリーテリングがほどよく融含していた『ふりだしに戻る』は評価できても、『忘れられた時代』にはついていけないというのが正直なところだ。しかし、そういう読者は切り捨てることになっても、フィニイはまさしく過去に生きることを選んでしまった。タイム・トラヴェルの結果、ついに戻らぬ人になってしまったのだ。
●謎の町
失われた町を再現することは、容易ではない。フィニイの錯覚は、作者と読者がその町に対して強いノスタルジアを共有している(あるいは共有したい)と思いこんだところにあった。そのノスタルジアが実体を伴わない幻想であるかぎり、そうした幻想は一般読者がたとえぱ『ふりだしに戻る』を読む時間のあいだだけに軽く作用するものでしかない。
だが、世界文学の中で、失われた町を独特な形で再現してみせた作品が一つだけある。それはご承知のとおり、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(一九一三)である。俗にブルームズ・デイとして記念されることになる、一九○四年六月一六日のダブリンを描いたこの作品は、ノスタルジアにはまったく依拠していない。むしろ、ジョイス自身の有名な言葉にあるように、『ユリシーズ』とその中に描かれたダブリンを支える構成原理は、「謎」や「パズル」である。
『ふりだしに戻る」はいわぱパスガイド付きのニューヨーク観光旅行であった。そして、パスガイドの親切丁寧な解説にもかかわらず、観光パス旅行のつねで、物珍しい風景が車窓を次々と通り過ぎていくだけで、われわれはパスから降りるとその旅行体験をすっかり忘れてしまうのだった。ところが、『ユリシーズ』ではそういうわけにはいかない。いったんこのテクストの世界に入ってしまった読者は、地図も持たずに方向感覚もわからず、しぱらくダブリンの町をうろつきまわるしかない。そのつらさに耐えられない読者は、ただちにダブリンを去ることになるだろう。そして、そこでなんとか住みつこうとする辛抱強い読者は、『ユリシーズ』のガイドブックを何冊か買い求めることになるだろう。
このガイドブックは、地図だけでも何種類かあり(『ユリシーズ案内』『ユリシーズ地名案内』『ジョイスのダブリン』『ジェイムズ・ジョイスのオデッセイ』)、テクストに何が書いてあるかというあらすじ要約の案内書でもハリー・ブラマイアーズの『ドゥームズデイ・ブック」をはじめとしていくつかある。実際、この書物の中で、主要登場人物のブルームとスティーヴンは実によくダブリンじゅうを動きまわるのだし、第十挿話「さまよえる岩」では、全体が十九の独立したセクションに分割され、ダブリン市内を練り歩くアイルランド総督の馬車行列の軌跡を中心に、マイナーな登場人物たちの小さな動きが点景としてぱらぱらに配置される。こうした大小さまざまな動きを、読者はガイドブックを頼りに地図の上で追うことになる。さらにあげくのはては、ダブリンの現地におもむき、自分の足でブルームやスティーヴンの軌跡を確認することになる。そうして読者は、いつのまにか自分が「ダブリン市民」の一人になっていることに気づくのだ。
『ユリシーズ』におけるジョイスの歴史的資料の使い方は、『ふりだしに戻る』におけるフィニイのそれとそう違っているわけでもない。一九〇四年に実在した人物や店の名前を出すのに、ジョイスは主に『トムの住所録』を手がかりにした。一九〇四年六月一六日には、テクストにあるように、ゴールド・カップ・レースが実際に行われ、スロウアウェイというダークホースが勝って二十一倍という高額の配当がついたのも、ブルームが広告取りとして勤めている〈フリーマンズ・ジャーナル〉紙にたしかに載っている歴史的事実である。しかし、こうした手の内を明かすことなく、ジョイスはすべてを説明なしに与え、資料との照合はいっさいを読者およぴ研究者たちにまかせた。彼らがきっと自分の後をついてくるだろうという自信があってのことである。そして、そのジョイスの予測どおりに、大勢の人間がその罠にはまり、ダブリン市民となった。失われた町が大勢の新しい市民の流入を得て復活したばかりでなく、その町には「ジョイス産業」なるものまでできた。一つのテクストが生み出した結果としては、まことに驚くべき隆盛ぶりである。
しかし、ジョイスの狡滑さはそれだけにとどまらない。彼が描いたダブリンは、史実に基づきながらも、最終的には虚構のダブリンである。そして、読者がどのように『ユリシーズ』を解釈しようが、そこには必ず多くの謎や食い違いが残るように仕掛けられている。この巨大なジグソー・パズルのピースをどうはめあわせてみたところで、『ユリシーズ』の統一的な姿は浮かんでこないのである。こうして読者は、ひとたぴこの町に捕らえられると、永遠にさまようダブリン市民であることを余儀なくされる。
今、現実のダブリンでは、『ユリシーズ』に登場することで有名になった市内の各所に、記念のプレートがはめこまれているという。ジョイスが再構築した、失われた町ダブリンは、現実の町ダブリンを浸食し凌駕しつつあるのだ。これほどまでの威力を持った『ユリシーズ』は、もしかすると究極のタイム・トラヴェル小説として読まれるべきなのかもしれない。